宇都宮徹壱ウェブマガジン

「2021年イチオシ」のサッカー本について語り合う 『ULTRAS 世界最凶のゴール裏ジャーニー』<1/2>

 早いもので、2021年も残りわずか。今年の個人的な反省としては「本をあまり読めなかったこと」が挙げられる。何しろ書籍づくりの仕事が続き(これはこれでありたい話だが)、そのための資料を読み込む以外、ほとんど読書の時間を作ることができなかった。そんな中、数少ない例外のひとつが、今回ご紹介する『ULTRAS 世界最凶のゴール裏ジャーニー』。はっきり言って「2021年イチオシ」のサッカー本である。

 今年もあまたのサッカー本が書店に並んだが、本書『ULTRAS』は3つの点で驚かされた。まず、ボリューム。総ページ数が536、本の厚みは35ミリある(2750円という値段も納得だ)。次に、濃密さ。「ウルトラス」と呼ばれる過激なサポーター集団について、これほど密着したレポートを私は知らない。そして、スケール感。世界中のウルトラスを追いかける取材は、南米や東欧や北欧、さらにはエジプトやインドネシアやアメリカにまで及ぶ。

 著者は、英国人のジェームス・モンタギュー氏。そして翻訳者は、ノンフィクションライターの田邊雅之さん。1965年生まれの田邊さんは、2000年から10年間にわたってNumber編集部に所属。その後はフリーランスのライター、編集者、そして翻訳者として、さまざまな素晴らしい書籍を世に送り出してきた。その中でも本書『ULTRAS』は、間違いなく代表作のひとつとなるはずだ。

 それにしても、である。これだけボリューミーで濃密でスケール感のあるサッカー本が、なぜこのタイミングで発売されることになったのか。そして本書で描かれている、ウルトラスが作り上げてきたゴール裏文化は、コロナ禍の大打撃によってどう変容していくのであろうか。今回は翻訳を担当した田邊さんに加えて、編集を担当したカンゼンの石沢鉄平さんにも加わっていただき、この「2021年イチオシ」のサッカー本について語り合った。(取材日:2021年12月8日@東京)

<1/2>目次

*「あと200とか300ページくらい分厚い本になっていた」

*コインの裏表だった『億万長者サッカークラブ』と『ULTRAS

*ジャーナリストに理解を示し、書く場を与える欧州のメディア

「あと200とか300ページくらい分厚い本になっていた」

──ULTRAS 世界最凶のゴール裏ジャーニー』の初版が発売されたのが11月24日。それからちょうど2週間が経過しましたが、発売後の反響はいかがでしょうか?

石沢 SNSで想像以上に拡散されて、Jリーグのゴール裏の人たちには響いたという感触は持っています。

田邊 それは石沢さんの功績ですね。もともと僕は原題に近い形で、サブタイトルは「サッカーを苛烈に生きる人」みたいな方がドキュメンタリーっぽいかなと思っていたんですよ。それに対して石沢さんから「やっぱりマーケティング的に『ゴール裏』を狙っていったほうがいい」という意見が出たんです。もちろん僕も異論はなかったし、彼のセンスは非常にいいので、そこはお任せして正解だったと思います。

──石沢さんは、私が昨年に上梓した『フットボール風土記』も担当していただきましたが、確かにマーケティング的な部分で私もお世話になりました。田邊さんは当初、この本の読者を想定した時、どんなイメージを持っていたんでしょう?

田邊 僕は当初、一般の読者には難しいかなと思ったんですよ。国際政治やそれぞれの国の社会事情が描かれているし、面白い話もあるけど陰惨な話もあるじゃないですか。それなりに関心がある人じゃないと、響かないかなって思っていたんです。けれども意外とサッカー文化論に興味がある人たちだけでなく、普段はJリーグを見ている人たち、それこそゴール裏で応援しているような人たちも面白がって読んでいただいているようなので、本当に嬉しいですね。

──それにしても、サッカー本としては近年あまり見ない、非常に重厚な作りですよね。企画会議を通すのが大変だったと思うのですが。

石沢 権利を取ったのが2019年で、実は私はまだ入社していなかったんですよ。取ってきたのが、すでに退社した編集者で、言ってみればその人の置き土産みたいなものでして。

田邊 その編集者の方から「翻訳をお願いできますか?」と言われて、その時は気軽に引き受けたんですよ。それで、こっちもスケジュールを組むじゃないですか。そうしたらオリジナルの刊行自体が、遅れることになったんです。著者のジェームス・モンタギューの追加取材が半年以上も遅れたし、こっちも仕事をせずに待っているわけにもいかない。そうすると制作スケジュールに、どんどんギャップが出てくる。2019年は、そんな状況になりましたね。

──なるほど。要するに、最初に出した版と追加取材した版があって、後者のほうを翻訳したものが本書というわけですね?

田邊 そうなりますね。もちろん最初の版の段階から非常に読み応えのあるノンフィクションになっていたんですが、一方ではベーシックな事実関係の間違いがちょこちょこあったんですね。それから何度か版が改まるにつれて、そうした間違いが修正されていて、情報の精度はそれなりに高くなっていきました。

 ただし今年の頭に出た最新版は、追加取材した分が加わっているので、さらにボリュームが増えていたんです。版が改まる前の時点でもすでに量は膨大でしたし、おそらくボリュームを調整せずにそのまま出版していたら、あと200とか300ページくらい分厚い本になっていたと思います。

(残り 4330文字/全文: 6571文字)

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