宇都宮徹壱ウェブマガジン

「2021年イチオシ」のサッカー本について語り合う 『ULTRAS 世界最凶のゴール裏ジャーニー』<2/2>

「2021年イチオシ」のサッカー本について語り合う 『ULTRAS 世界最凶のゴール裏ジャーニー』<1/2>

<2/2>目次

*「サッカー選手のトレーニング」のように地道な翻訳作業

*ファンエンゲージメントでは実はMLSがプレミアよりも上?

*「人間の情熱vs管理社会」で米中サッカーの違いを考える

「サッカー選手のトレーニング」のように地道な翻訳作業

──ここからは田邊さんに、本書の翻訳のプロセスについて伺いたいと思います。まず、これほどボリュームがある作品を翻訳する場合、どこから手をつけるんでしょうか?

田邊 普通に頭から翻訳していきますよね。もちろん、その前にはバーっと読みますけれど、大事なところだけをピックアップして、訳していくようなお手軽な方法は絶対に取らないようにしています。それだと、ディテールや空気感が潰れてしまいますから。僕が翻訳作業の中で大切にしているのは、まず日本語の作品として読むに堪えるものにすること、読者の方にとって読みやすい文章にすること、そして正確に内容を反映することですね。

 当然、訳語の統一や情報の裏取りも不可欠です。特にこれだけ分厚い本になると、章をまたいで言及されていることについても、きちんと統一性を持たせないといけない。ですから、サッカー選手のトレーニングと同じで、常に地道な作業の連続。スペシャルなことなんて、何もないですよ(笑)。

──先ほど、かなりページ数を削ったという話をされていましたけれど、読みやすくするための工夫って本当に大事ですよね。私が今、関わっている本も、まさにそう。

田邊 宇都宮さんのご苦労はよくわかります。いわゆる「構成」や「推敲」という言葉を使うと、著者のジェームスに悪いんだけど、今回の本に関しては読みやすくする作業のほうが、翻訳作業よりも大変でしたね。それだけで6~7カ月かけています。加えて今回は、サッカー以外の専門用語や複雑な政治社会の話が非常に多いので、文章表現だけでなく中身自体もかみ砕いていかなければならない。僕の場合、政治学や社会学に関してはある程度、基礎知識があるので苦じゃなかったです。けれども、その手の分野に明るくない人だったら、大変な作業になっていたでしょうね。

──でしょうね。原書は英語ですけど、いろんな国の言葉が出てきますから、そこの整合性を取るのも大変だったのでは?

田邊 そうそう! 熱狂的なサポーターのことをブラジルでは「トルシーダ」になるけど、クロアチアだと「トルツィーダ」になるとか。そこはなるべく現地の発音に近づけるように努力しましたね。けっこう、ディテールに突っ込んでくる読者の方って、いらっしゃいますから(苦笑)。

──わかります。マニアックなサッカーファンって、プレミアとかブンデスとかブラジル以外のジャンルにもいますからね。

田邊 それこそ、セルビアとかトルコとか北欧とかのサッカーに精通している人って、普通にいるんですよ。本来、人名や固有名詞、用語の確認は校閲さんの仕事になりますが、いくら統一感を持たせながら読みやすくしても、ちょっとした表記の違いで「現地ではこんな発音はしない!」なんてSNSに書かれてしまうと、せっかく出した本に傷が付いてしまうことになります。ですから今回の翻訳では、それぞれの国のサッカー事情や社会状況、言語に詳しい方々の協力が不可欠でした。

──たとえば旧ユーゴだったら千田善さんとか、アルゼンチンだったら藤坂ガルシア千鶴さんとかですよね。

田邊 ブラジルなら大野美夏さん、イタリアなら弓削高志さん、みたいな感じで、詳しくは訳者あとがきを読んでいただきたいんですけど、本当にいろんな方々にご協力いただきました。ほかにもトルコ語だったり、スウェーデン語だったり、いろいろな言語が出てきたんですけど。

──その国の言語とサッカーの両方に精通している人って、そんなにいないですよね?

田邊 ですから、本当に大変でした。それ以外にも、ロシア語読みなのかウクライナ語読みなのかがわからない時があって、モスクワ大学で日本語を教えている同僚がいたので、彼にお願いして全部調べてもらったことがありました。

──そこまで徹底しましたか! で、読者からの指摘についてはどうでしょうか?

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