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鳥栖に復帰した小野裕二が「地域貢献」にこだわる理由 横須賀でのサッカー教室で子供たちに伝えたかったこと

「鳥栖は3年ぶりです。当時とはメンバーの顔ぶれも変わったし、監督も今季から川井(健太)さんが就任しましたが、ホームタウンの雰囲気は当時のままですね。それにクラブとしての主体というか、幹となる部分も変わっていないと思うので、このチームでやれることにワクワクしています。若い選手が多いので、今年で30歳になる自分は上から数えたほうが早いです(苦笑)。自分も17歳でプロデビューしていますから、年齢に関係なく、お互いが高めあっていければいいと思います」

 オンラインの画面越しにそう語るのは、ガンバ大阪から3シーズンぶりにサガン鳥栖に復帰した、小野裕二である。当人の言葉どおり、横浜F・マリノスのユース時代にトップチームに登録され、17歳でデビューを果たしたのが2010年のこと。翌11年に高卒ルーキーながら、トリコロール軍団の背番号10を託されたことでも話題になった。

 私にとって小野裕二といえば、その2011年12月17日に富山で行われた、天皇杯4回戦をまず思い出す。F・マリノスは、当時JFLだった松本山雅FCと対戦。この試合で小野は、右足2本とヘッド1本のハットトリックを達成し、さらに中村俊輔のゴールをアシストする大活躍を見せている。「ちょうどマツさん(松田直樹)が亡くなった年に、マツさんが最後に所属していたチームとの対戦だったので、自分のハットトリック以上に印象に残っている試合ですね」とは当人の弁である。

 さて、当WMには珍しく現役Jリーガーに話を聞いたのは、1月5日に神奈川県横須賀市で開催された「ONO Football Clinic」を取材させていただいたからだ。ONO Footballとは、横須賀市出身の小野と兄の悠斗(サムットプラーカーンシティFC=タイ1部)が設立。これまでにも定期的に、サッカー教室や試合招待イベントなどを行ってきたという。私が興味深く思ったのは、なぜ小野兄弟はクラブとしてではなく個人として、このような「地域貢献」の活動を続けてきたのか、ということである。

「僕も兄も、横須賀の人たちに育てられて、プロ選手になることができました。親、友だち、学校の先生、そして少年団の指導者。いつか恩返しという形で、サッカー教室ができればという話は、ずっとしていたんです。僕がベルギーから戻った時(2017年)には、メキシコでプレーしていた兄もFC岐阜でプレーしていました。それで2019年の正月、横須賀出身のJリーガーにも声をかけて、サッカー教室を始めたのがきっかけです」

 この「横須賀市出身のJリーガーと」いうのが、実に豪華な顔ぶれだ。現役選手では、鈴木唯人、熊谷アンドリュー、そして(東京ヴェルディとの契約が満了となったが)柴崎貴広など。元Jリーガーでは、石川直宏と谷口博之の両氏も顔をそろえた。これほどの顔ぶれが、ボランティアで集まること自体、まず驚かされる。小野いわく「僕もそうですが、横須賀出身者って地元愛が強いんですよね(笑)」。実に興味深い証言である。

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