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【無料公開】「突然の別れは悲しかったが日本での日々は今も忘れられない」 元日本代表監督ヴァイッド・ハリルホジッチからのメッセージ

【編集部より】元日本代表監督のヴァイッド・ハリルホジッチ氏が、モロッコ代表監督を解任されたことを受けて、8月13日に無料公開としました。今回の決定が4年前の解任劇を正当化する材料とならないこと、そして氏が再来日の夢を果たすことを願う次第です。

 ひょんなことから元日本代表監督、ヴァイッド・ハリルホジッチさんへのインタビュー取材が、4月9日に実現した。経緯についての詳細は省くが、これまで大切にしてきた人間関係が、思わぬ形でスクープを呼び込むこととなった。大手メディアに売り込まず、あえて当WMにて掲載することにしたのは、たとえバズったとしても1日で消費されるのは忍びないと考えたからだ。

 モロッコ代表監督として、4回目のワールドカップ出場を果たしたヴァイッドさん。現在はフランスに戻り、家族と束の間の団らんを楽しんでいるそうだ。今回、オンラインでの取材を試みようとしたのだが、ヴァイッドさんは自他共に認める「機械音痴」。そこで現在、フランスで指導者をしているヴァイッドさんの元通訳、樋渡群さんにご協力いただくことになった。

 方法としては、私と樋渡さんがZoomでつながり、樋渡さんとヴァイッドさんが携帯電話で通話。私の質問を樋渡さんがフランス語でヴァイッドさんに伝え、ヴァイッドさんの回答を樋渡さんに翻訳してもらった。日本代表のこと、ワールドカップのこと、ウクライナ紛争のこと、そして日本のファンへのメッセージ、などなど。以下、久々のヴァイッド節を、ご堪能いただきたい。

──コートジボワール、アルジェリア、日本、そしてモロッコと、異なる4つの国でワールドカップ予選突破を果たしました。ご自身での評価をお願いします。

ヴァイッド・ハリルホジッチ(以下、VH)4つの大会で4つの異なる代表チームを率い、いずれも素晴らしいパフォーマンスで見事に予選突破に成功することができた。この4カ国は、文化や習慣や伝統が異なるため、そこに適応する必要があり、アプローチも異なる。自分の仕事には満足しているが、それぞれのチームの選手やスタッフの努力もあり、それぞれの予選を1位、あるいはそれに近い順位で突破することができた。

──予選突破を決めたDRコンゴとの試合では、代表歴の浅い21歳のアゼディン・ウナヒをスタメン起用。ウナヒは2ゴールを挙げて見事、期待に応えました。日本代表監督時代にロシア行きを決めた、オーストラリア戦での井手口陽介の活躍を思い出したのですが。

VH 井手口だけではなく、浅野(拓磨)もゴールを決めた。今回のDRコンゴ戦のような重要な試合では、その時点で最も高いパフォーマンスを発揮できる選手を見極める必要があり、若手選手もその中に含まれる。経験値という意味では、多少のリスクを受け入れる必要があるが、私はいつも若い選手たちを信頼している。

 日本の井手口と浅野、そしてモロッコのウナヒ。彼らは素晴らしいパフォーマンスを披露し、貴重な得点を挙げることで、私が良い選択をしたことを証明してくれた。ワールドカップ出場を決めた4年前のオーストラリア戦、そして今回のDRコンゴ戦。いずれも私は誇りに思っている。

──モロッコのFAとの関係性は大丈夫でしょうか? ヴァイッドさんについて、モロッコの会長が「彼はかけがえのない存在ではない」と語ったとの報道が日本にも流れてきたのですが。

VH 何も問題はない。もちろん今後、何が起こるのかは誰にもわからないが。それでもモロッコのフットボール史上、類まれな結果を出していると言えるだろう。私が選択した選手たちとの関係性についても、まったく問題ない。その時点で誰がパフォーマンスが良いのか、私自身は把握している。ただし、全員がそれを把握しているわけではないので、そこを不安視する向きもあるのだろう。

──4年前の日本でもそうでしたが、ベテランではなく若手を起用することへの反発が、モロッコでもあるのでしょうか?

VH 日本でもモロッコでも、私の若手抜擢を承服できない人たちがいて、時にプレッシャーをかけてくることがある。私自身は、彼らのパフォーマンスをトレーニングで確認し、自信をもって選んでいる。それを知らない人たちが、ものすごいプレッシャーをかけてくる。

 日本でも3人ほどの選手、そしておそらくスポンサーもJFA会長にプレッシャーをかけてきたようだ。結果として会長は、大会直前での監督交代に踏み切ったのだろう。私はそのことを絶対に忘れないし、もちろん私から謝罪することもない。この思いは、私が死ぬまで変わることはないだろう。

──組み合わせ抽選会で、JFAの田嶋幸三会長と何かお話はしたのでしょうか?

VH いや、何も話はしてない。会長とは軽い挨拶をしただけだ。

──最近の日本代表の試合はご覧になっていますか?

VH 数試合、時間がある時に見た。今回の予選は(初戦に敗れて)非常に難しいスタートを切ったが、その後は良いプレーを見せるようになって、無事に予選を突破することができた。私が関わった選手もプレーしているので、今回の予選突破は非常に嬉しく思っている。

──森保一監督の采配の印象と、気になった選手がいれば教えてください。

VH 技術と俊敏性を生かしたプレー、オーガナイズやシステムは4年前とそれほど変わっていないように思う。選手については、私と関わった何人かを除いては、それほど多くの情報を持っていない。ここで詳細な意見を述べることは控えたい。

──抽選会の結果、日本はドイツとスペイン、そしてコスタリカとニュージーランドの勝者と同組になりました。このグループをどう見ますか?

VH 日本のグループEは、モロッコが組み込まれたグループFと同じくらい、非常に難しい組み合わせだと思う。ドイツとスペインは、いずれも優勝経験があり、今大会でも優勝候補だ。もしこのグループを突破できたら、それは日本にとって大変な偉業となるだろう。

 この厳しいグループを勝ち抜くには、しっかり戦術の準備をすることが必要だ。そして、信じることと勇敢に戦うこと。1試合だけなら、何が起こるかはわからない。戦術面とメンタル面でしっかり準備をして、パーフェクトな試合をすれば、勝利につながっていくと思う。ワールドカップでは、どんなことでも起こり得る。

──もしヴァイッドさんが日本代表の監督だったら、このグループを突破できる自信はありますか?

VH もちろん簡単なことではない。ドイツとスペインは、ワールドカップの歴史の中でも、多くの成功を収めてきた国々だ。彼らに勝つには、個人のプレーと組織でのプレー、それぞれにおいてディテールを詰めていかなければならない。強豪国に対し、いかにコンプレックスを抱かずにプレーできるかが重要だ。私がアルジェリア代表を率いて、ベルギーやドイツと対戦した時も、そうやって試合に臨んできた。それを具体的に説明するには、何時間もかかってしまうだろう(笑)。

──モロッコの初戦の相手は、前回大会で準優勝したクロアチアです。ヴァイッドさんにとっては、何かと縁のある国との顔合わせとなりましたが。

VH クロアチアは、私にとって「ご近所さん」といえる国だ。バカンスで毎年訪れているし、代表チームの選手やスタッフのこともよく知っている。しっかり戦術を準備して、サプライズを起こしたいと思う。

──サッカー以外についても、質問させてください。ロシア軍のウクライナ侵攻は、ヴァイッドさんも決して他人事ではないと思うのですが、いかがでしょうか?

VH 現地の悲惨な映像を見て、心をかき乱されている。ウクライナで起こっていることは、私もボスニア・ヘルツェゴビナで経験しているからだ。残虐行為をはじめとする、ロシア軍がとっている行動のすべてが、私にはとうてい理解できない。この悲劇的な戦禍から距離をとることはできても、深い悲しみから逃れることは不可能だ。ウクライナの人々と団結し、できる限りの援助を心掛けたいと思う。

──ヴァイッドさんは今でも、日本のことを気にかけていると樋渡さんから聞いています。あれほど辛い形で日本を去ることになったのに、なぜでしょうか?

VH およそ3年半にわたり、素晴らしい日々を過ごすことができた。私も家族も、日本のことが大好きだった。さまざまな街を訪れたし、フットボールを通じてさまざまな人々と出会うことができた。突然の別れは悲しかったが、日本での日々は今も忘れられない。このインタビューを通じて、私の想いを日本の皆さんにお伝えできればと思う。

──ではあらためて、日本のファンへのメッセージをお願いします。

VH 今でも私のことを気にかけてくれる人が、日本にいることを嬉しく思う。私も日本のこと、とりわけ地震で被害を受けた熊本の人たちのことを、今でも気にかけている。熊本の被災地を訪れたとき、戦禍に見舞われた私の故郷を思い出して辛い気持ちになった。熊本の人たちが、物心両面において復興していることを、私は心から願っている。

 それから、われわれの仕事を評価してくれた、日本サポーターの皆さんにも感謝したい。会長をはじめ、JFAの何人かの人々に裏切られることとなったが、それでも人生は続くし、私は今もこうして生きている。そして日本を離れてからも、異なる国でワールドカップ予選を突破することができた。あらためて、日本の皆さんに感謝申し上げたい。そして近いうちに、再び日本を訪れたいと思っている。

<この稿、了>

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