宇都宮徹壱ウェブマガジン

ワールドカップ日韓大会はこの国に何をもたらしたか? 「あれから20年」なのに盛り上がらない理由を考える

 このところ、20年前に上梓した自著を読み返している。2002年にみすず書房から上梓した『ディナモ・フットボール 国家権力とロシア・東欧のサッカー』は、旧ソ連・東欧で今も残る「ディナモ」を冠した各クラブの現状がテーマ。私にとっては、初めてウクライナやロシアを取材した時の生々しいレポートが収録されており、今般のウクライナ情勢をきっかけに久々に本棚から取り出してみた。

 私の3冊目の著書は、おりしも2002年ワールドカップ日韓大会というタイミングもあり、大手の新聞や週刊誌の書評欄にも好意的に取り上げられた。こちらは朝日新聞で掲載された、佐山一郎さんによる書評(20年前のコピーが奇跡的に残っていた)。

 もうひとり、忘れがたい書評を書いていただいが『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』で知られる、ロシア語同時通訳のスペシャリストでエッセイストの米原万里さん。週刊文春での連載「私の読書日記」、そして1995年から2005年までの書評を集めた『打ちのめされるようなすごい本』(文藝春秋)には、拙著『ディナモ・フットボール』について、何度も読み返したくなるような書評が収録されている。以下、引用。

 のっけから尋常ならざる面白さ。第二次大戦直後の1945年11月、ディナモ・モスクワというソ連のサッカーチームが特別機でロンドンに降り立ち、当時世界最高峰と仰がれていたアーセナル、チェルシーなどの4つのクラブチームと対戦し、2勝2分19得点9失点という戦績をあげて、風のように去っていった、というSFまがいの話から始まる。欧州ではソ連でサッカーが行われていることさえ未知であったから、衝撃も大きく、今も語り伝えられる出来事らしい。

 その著者については、いささか買いかぶりの面もありつつも、20年前からまったく変わっていない本質を見事に捉えた一文が添えられている。再び、引用。

 サッカーライターらしからぬ文章の肌理(きめ)の細やかさ、社会、歴史、文化全般に関する分厚い教養と視野の広さ、大イベント、大スター、大クラブにひたすら背を向けて、サッカーの光ではなく陰の部分を執拗に丁寧に追い続けるこの著者を発見したこと自体が、私とっては大収穫だった。よりによってワールドカップの直前に、こういう本を出す著者と出版社のアマノジャクぶりもいい。それに、ちゃんと読むと、ロシア代表の試合も観ていて、「恐るるに足らず」といち早く分析しているではないか。

 ちなみに米原さんは、ワールドカップで日本がロシアと対戦した際、会場の横浜国際総合競技場にてVIPの通訳をされていたとのこと(当時の小泉純一郎首相も同席)。日本の勝利の余韻に浸りつつ、帰宅する電車の中で本書を読み切ったのだそうだ。米原さんには、ぜひとも書評の御礼を申し上げたかったのだが、残念ながら2006年5月25日に亡くなられている。享年56歳。今の私と同じ年齢である。

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