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「栃木フットボールマガジン」鈴木康浩

【無料記事】【コラム】栃木SC 期限付き移籍で相模原へ発った赤井秀行。最後まで赤井らしく、ヒデらしく――。

急転直下の移籍劇

 

6日の午前10時。栃木SCのクラブハウス前には、SC相模原への期限付き移籍が発表された赤井秀行を見送ろうという栃木SCサポーターが70人近く集まっていた。

直後、赤井がクラブハウスから一人、姿を現す。赤井は驚いたような表情を一瞬浮かべたが、すぐにいつもの笑顔になってサポーターのところへ歩みを進めた。

 

一人の年配の女性サポーターが、「何でよぉ」と目に涙を浮かべて赤井に近づきながらその腕をとる。

赤井は笑って返そうとしたが、堪えきれなくなりサポーターたちを背にするように後ろを向いた。赤井の目元は一瞬で真っ赤になった。その姿に、集まったサポーターたちがつられるようにハンカチで目元を拭った。あたりには鼻をすする音が響いていた。

 

急転直下で決まった移籍劇だった。

 

「最初は全然、移籍しようなんて思っていませんでした。でも、相模原側の熱意を聞いて、自分の年齢も考えて、挑戦しようと思ったんです。3334歳だったらもう移籍なんてしなかったかもしれないけど、まだ31歳なんで。まだあと1年、2年はプレーしたい気持ちが強かったんです」

 

赤井は31歳になった今季、前半戦が終了して、ベンチ入りもゼロだった。

 

「自分はもう1年近く満足に公式戦に出ていなかったから、いまの自分がどれだけの実力なのかが知りたかったんです。それが一番大きかったかもしれないです。でも、めちゃくちゃ悩みましたよ。人生で一番といえるくらい悩んだかもしれない。栃木に骨を埋めるつもりでプレーしていましたからね。でも、やっぱりサッカー選手は試合に出てナンボの世界だから、試合に出られない時期が続くなかで、そこは考えました。サポーターのことも当然考えましたよ。僕は栃木のサポーターや応援してくれる人たちに育ててもらったようなものですから。いつも、赤井選手! とか、ヒデ! とか、声をかけてもらって本当に嬉しかった。それがいつも僕の力になっていたから、サポーターには感謝しかないです。ただ、やっぱり自分のサッカー人生なんで。ちょっと相模原で挑戦してきます、って感じですね。とりあえず来年のことは考えずに、今年勝負をかけてきます」

「チームメイトたちにも感謝しかないです。一緒にサッカーができて楽しかった。練習場でも、いつも俺に厳しい声をかけてくれて、すごくありがたかった。それと、僕がサッカーができるのはフロントスタッフ、クラブ全体が頑張っているから。やっぱり感謝しかないですね。だから、栃木のJ2昇格を心から祈っていますよ」

 

赤井が、集まってくれたサポーター一人ひとりに言葉をかけられ、いつもそうしてきたように感謝の言葉を返しながら、記念の撮影に応えている。

途中、サポーターに携帯を渡され、赤井が自撮りでツーショット撮影をしようと試みたがなかなかうまくいかず、その様子を見ていたサポーターから笑いが起きた。赤井が照れたように笑顔を浮かべる。もう、いつもの赤井だった。

 

集まったすべてのサポーターとの別れの挨拶が終わると、赤井がいよいよ相模原へ発とうと車に乗り込んだ。サポーターが「じゃあね」「がんばってね」と声をかけながら、拍手で送り出そうとする。

その車は、長年親しんだクラブカラーの黄色だった。あれ、赤井の車って黄色だっけ?

「これ、代車っす()

と言いながら、赤井が車を出す。行ったかあ、旅立ったかあ、と思っていたらすぐに戻ってきた。

「財布忘れたっす」

最後まで、赤井らしかった。ヒデらしかった。

 

赤井はいつもニコニコしているが、その笑顔の奥底に闘志を秘めている男だ。愛する栃木SCのJ2復帰のために力になれないことが悔しくないわけがない。しかし、いまの赤井にはやるべきことがある。

201676日、赤井秀行は、栃木SCの生え抜きの選手として8年半在籍したあと、プロサッカー選手として初めての移籍先となる相模原へと旅立った。

サッカー選手としてもう一度、思う存分暴れるために。かつての輝きを取り戻すために。

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