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「栃木フットボールマガジン」鈴木康浩

Jユースカップ開幕直前! 栃木SC U-18の浜嶋淳郎監督が語るU-18の現状と未来。「全力で応援したくなるようなサッカーを表現できるように頑張ります」【9千字超ロングインタビュー】(19.10.10)

浜嶋淳郎(はまじま・じゅんろう)。1989年、千葉県出身。柏レイソルU-12からU-18まで柏一筋で過ごす。静岡産業大学を卒業した後は藤枝MYFCなどでプレー。指導者への転身は、栃木SCレディースのコーチ就任から。15年から栃木SC U-18コーチ、17年から同U-18監督に就任した。クラブユース選手権ではプレミア勢と一進一退の攻防を展開するなどその手腕はユース年代で高く評価される。写真提供:栃木サッカークラブ

 

今週末からJユースカップが開幕する(※台風の影響で12日開催は中止に。14日が開催候補)。栃木SC U-18を率いて3年目となる浜嶋淳郎監督にチームのこと、選手たちの成長ぶり、そして浜嶋監督自身のことを9000字超のロングインタビューにまとめた。Jユースカップ開幕前に是非ともお読みください。

 

アカデミーには栃木SC愛に満ちた選手がたくさん

 

――栃木SC U-18のキャプテン中三川海斗選手は大学進学もすべて断ってトップチーム昇格に懸けているという話を聞きました。

 

浜嶋淳郎監督 そうですね。本人が大学には一切行く気がなくて、オファーはすべて断りました。もしトップチーム昇格がダメならば、海外、特にドイツにチャレンジする意思もあると話しています。色々な意見があるのですが、本人がそれを望んでいるのであれば、どんどん後押しをしてあげたい。チャンスは絶対にあると思うし、人生観も変わって帰ってくると思います。

 

――ただ、気持ちは栃木SCのトップチームにあるわけですね。

 

浜嶋 そうです。栃木SCが今後どうなろうと絶対に栃木SCでやりたいと言っています。彼はジュニアユースだった中三のとき、仲間の多くが県外に出ていってしまう中で一切にブレずに「栃木SCでやります」と言っていた選手でした。

 

――それが3年前の話。

 

浜嶋 ジュニアユースを関東2部から1部に上げた年代です。早乙女達海(栃木SCからブランデュー弘前にレンタル移籍中)の弟もいた世代ですね。

 

――トップチームがJ3に落ちた直後のときですね。そのときジュニアユースの選手たちは栃木SCのユースに上がるか上がらないか、当然ですが、親とも相談したりする難しい時期でしたが、中三川選手は迷ずに……。すごい。

 

浜嶋 そうですね。彼は本当に栃木SC愛が強いんです。栃木SCが心の底から好きなんです。その一心だと思いますね。

 

――出身は?

 

浜嶋 小山市です。小山から通っていて、今も通っています。

 

――小山は人材の宝庫ですからね。水泳の萩野公介選手も小山だし、期待できますね(笑)。

 

浜嶋 小山の方だと埼玉に行ってしまうケースも多いんですよね。

 

――そうですね。あの辺の人たちは都内に通勤する人も多いですね。小山から新幹線で30分だし、宇都宮よりも東京を向いている人は少なくないと思います。サッカーだったら浦和や大宮にも行きやすい。

 

浜嶋 柏のアカデミーも1時間半圏内の選手たちがざらにいました。(中三川)海斗の場合は、その上の世代が3人しかユースに上がらなかったから、なおさら決断は難しかったと思います。もし下の代がユースに昇格してくれなかったら「俺らどうなっちゃうの……」という不安が一番にあったと思うんです。それでも真っ先に「栃木SCに行きます!」と言える選手なんです。本当に僕らコーチングスタッフが感謝しないといけないなと。

 

――すごいなあ。そういう気持ちのある選手が栃木にいることが大事ですよね。

 

浜嶋 海斗以外にも栃木SCへの思いが強い選手はいて、たとえば、三年生の黒川恭也という選手は将来指導者をやりたいという思いが強くなったようで、県内の大学に進学をし、大学の4年間自分が育った栃木SCのアカデミーで指導の勉強をしたいと言っています。黒川の二つ上の(早乙女)達海たちの代でいえば、藤原龍司。ユースを卒業して今は帝京大に進んでいますが、現在は学生トレーナーとして栃木SCにずっと関わっています。そういう選手がもっと増えてきたらいいなと思いますね。

 

――サッカーの第一線だけではなく、サポートする側に回る人材も出てきていると。

 

浜嶋 指導者、トレーナーも含めて栃木SCに帰ってきて将来仕事がしたいというアカデミーの卒業生が出始めているなかで、僕らコーチングスタッフも選手たちがユースを出た後もコミュニケーションを取っていく必要があると思っているし、実際に自分の教え子たちには結構連絡はしていますね。

 

――目立ってわかりやすいのは筑波大学に進んだ増渕利樹選手(ユース時は主将、宇都宮高校出身)ですかね。ツイッター上で熱く吠えています(笑)。つい先日も「トップがんばれ!」という内容の書き込みをしていました。

 

浜嶋 彼は何かしらの形でサッカー界に関わる人材だと思うし、かなり優秀ですよ。人間も本当に素晴らしいので、ああいう人材をクラブに戻さないといけない。必要な人材だと思います。筑波大学でも監督さんから相当に信頼を得ているみたないので。アカデミーの初蹴りには絶対に顔を出してくれますからね。

 

――そういう気持ちがある子たちが大学にたくさんいて、来季はユース出身でユニバーシアード代表の明本考浩選手が帰ってきます。

 

浜嶋 そういう選手たちが増えてくるだけで絶対に違うし、このクラブは逆にそういう選手たちで支えていかないと苦しいと思うのでなおさらです。

栃木SC U-18のキャプテン中三川海斗。来季のトップチーム昇格を目指す一人だ。

 

柏レイソルで吉田達磨氏から享受したサッカー観

 

――浜嶋監督自身はもともと柏レイソルのアカデミー出身です。アカデミーが代々繋がる文化というのは、Jリーグの中でも秀でているクラブだと思うのですが、アカデミー時代はやはりトップチーム昇格も目指していたんですか?

 

浜嶋 そうですね。自分もスクール生から十年間も柏にいたので、とにかくトップチームに上がることだけを考えていました。高校2年生のときに、吉田達磨さん(現シンガポール代表監督)と出会って、最終的には絶対に指導者になりたいという思いを持ったんです。

 

――吉田達磨さんとの出会いがあり、そこで考えが変わったんですね。

 

浜嶋 そうですね。指導者になりたいと思ってからは、当時から達磨さんの練習をひたすら毎日ノートに残していました。それはどちらかというと選手目線ではなく、指導者目線のノートでした。例えば、ピッチの大きさとか、何の意図があってこのトレーニングをやっていたのかとか、自分は何を言われたのか、というメモを毎日つけていて、それが溜まっていくと将来は指導者としてやっていきたいという思いがどんどん強くなっていきましたね。

 

――今も読み返したりするのですか?

 

浜嶋 本当に時々ですね。2年に1回ぐらいです。今は色々なトレーニングがあって、時代とともにどんどん変わっていますから。ただし、結局大事な部分は変わらないなというのは改めて思います。

 

――吉田達磨さんの何に惹かれたのでしょう?

 

浜嶋 すべてといえばすべてですが、自分のサッカー観から何から何まで180度変わったんです。サッカーでいえば、相手を知ることの大事さとか。それまでは自分たちがどうやってサッカーをやるか、だけを考えてプレーしていたような感覚でしたが、達磨さんは「相手がいて、スペースがあって、その上で自分たちはどうやってプレーをしていくのか」の重要性を教えてくれたんです。相手がこうなったのだからこうした方がいい、さらにこうなったらこうしようね、という材料がワッと入ってきて、それをトレーニングで積み上げていくうちに自然と迷わずにサッカーができるようになっていったという経緯がありました。

 

――よーいドンの勝負ではなく、ちゃんと相手を見ながらやろうと。

 

浜嶋 そうですね。相手とぶつかっても相手の方が強いんだったら、この方法があるとか、俺とこいつでこいつを倒しちゃえばいいんだとか、ここに立てばいいんだとか、ボールをここに置いたらいいんだ、という発想の仕方自体が180度変わったんです。ボールの置き方一つにしても、ここに置いたらここが見える、ここを見たら次はここが見える、というように色々なものが根底から変わっていったのが大きかったですね。

あとは、オフザピッチの立ち振る舞いとか、サッカーとの向き合い方とか、あまり口うるさく言われる方ではないのですが、達磨さん自身がそう振舞っているから、勝手に自分たちもそうなっていったところがあります。よく言われていたのは「サッカーを大事にしろよ」ということです。「サッカーが一番好きなんでしょ、それを大事にできなくて、何を大事にできるの?」と。

 

――サッカーを大事にする。

 

浜嶋 「サッカーがうまいからって何なの?」と、いつも達磨さんは言っていました。「サッカーがうまくても偉くないでしょ?」というニュアンスのことは再三言われました。高校生はサッカーがうまいと偉くなりがちな年代だと思うんです。たくさん点を取っていたり活躍をしていたりするとそうなりやすい年代なので「いやいや、偉くないでしょ?」と。謙虚になりなさい、と。僕自身も今の選手たちにも一番伝えている部分ではあるし、そこが大丈夫かどうかはよく見ています。

 

――そういう出会いがあり、将来は指導者を目指そうと心を決めたわけですが、本格的に指導者の道に進むのはいつからですか?

 

浜嶋 もちろんプロは目指していたので、卒業してから静岡産業大学に進み、4年間サッカーをやってプロを目指していました。大学のときはキャプテンをやらせてもらっていたのですが、大学卒業後に即プロという道は叶わなくて、当時はJFLだった藤枝MYFCに入団することになったんです。当時は斉藤俊秀さん(清水などで活躍、現日本代表コーチ)が選手兼監督という立場でいらして、俊秀さんに話をいただいたんです。藤枝でプレーし、その後長野の社会人チームでプレーをし、その後、元柏レイソルの芳賀さんという方が栃木SCのアカデミーに入るタイミングで一緒に栃木に来ることになりました。誘われたときはサッカーを引退することに対して特に迷いはなかったですね。

 

――指導者になる夢は持っていたからですね。

 

浜嶋 はい。自分でも選手としてトップレベルでやるのは難しいと感じていたので、一方で、指導者になりたいという思いがどんどん強くなっていったとき「僕も行きます」とスムーズに移行した感じですね。

 

――栃木に来たとき、最初はレディースのコーチでした。

 

浜嶋 1年間レディースを担当して、その後はU-18のコーチを2年間。今、U-18の監督になって3年目です。ユースはトータルで5年目ですね。

写真提供:栃木サッカークラブ

ユースの選手たちがトップの選手から学ぶもの

 

――今年は今まで以上にユースの選手たちがトップチームの練習に参加したり、トレーニングマッチで対戦したりする機会が増えています。先日のトレーニングマッチで何回目でしたか?

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