津田大介のメディアの現場

vol.0_6 『津田大介クロニクル』(サンプル)

津田大介の「メディアの現場」2011.8.31(vol.0/創刊準備号)

僕が過去に書いた原稿の中から、今読み返してみると面白そうなものを選んで掲載します。雑誌ライター時代のものから、ジャーナリスト活動初期の原稿まで、書かれた時代背景を思い出しながらお楽しみいただければ幸いです。

 


 

 

音楽業界に新たなムーブメント DTMソフトが新しい音楽を生み出す

(初出:『MacPeople』2008年2月号「津田大介の音楽配信一刀両断 第31回」)

07年最後の連載ということもあり、今回は今年の日本の音楽配信ネタを総括しようと思ったのだが、いざ「日本」という枠組みで音楽配信周りのことを考えると途端にネタが出てこない。というのも、日本の音楽配信の現状は「PC向けはどこも沈滞。着うたフルは絶好調。以上!」で終わってしまうからだ。

海の向こうではiTunes StoreやAmazonといった大手業者からレディオヘッドのような大物アーティストまで、ノンDRMの音楽配信を開始したり、自分が所有する楽曲をオンライン上にアップロードすることでどこでも自分がその楽曲を聴けるほか、他人がその楽曲をネットラジオ形式で聴けるlala.comのような面白いサービスが出てきている。かたや日本は、自分で購入したCDを自分の携帯電話で聴けるように変換してくれるオンラインストレージサービス「MYUTA」が、著作権侵害であるという判決を下されサービスを停止してしまう有様 [*1] [*2]
MYUTAはあくまで自分専用のサービスであり、アップした楽曲を他人が聴くことはできなかった。日本の場合、米国のように一定の要件を満たしていれば明確にサービス事業者が守られるDMCA(デジタルミレニアム著作権法)や、フェアユース(公正使用)が存在しないということが大きく、著作権的にちょっとでもグレーに踏み込むサービスは片っ端から「出る杭」として訴訟を起こされてしまう。フェアユースとは、著作権法を硬直的に適用することが著作権法の目的を否定してしまう場合に著作権を制限する理論のことだ。米国流の自由な経済原則を重視するやり方は、もちろん良い面も悪い面もあるのだが、ことITネットサービスの発展という観点で考えれば、著作権に一定の「バッファ」を設けておくことが非常に大きな意味を持っている。だが、日本にはそういうバッファは存在せず、「基本的に著作権はガチガチに守るもの」という原則ですべてが動いている。このような環境下でレコード会社主導の着うたフルしか盛り上がらないのは、ある意味当然の話なのだ。

そんな停滞する日本の音楽業界で、個人的に注目しているムーブメントがある。それは「初音ミク」だ。各方面で話題になっているのですでにご存じの方も多いだろう。簡単に解説すると、パソコン上で女性の声を人工的に合成して「歌わせる」ことができるDTM(デスクトップミュージック)ソフトだ。通常DTM用ソフトというのは非常に市場規模が小さく、3000本売れれば「ヒット商品」と言われる。ところが、8月31日にクリプトン・フューチャー・メディア(株)から発売されたこのソフトは、発売直後からネットを中心に大ブームを巻き起こし、DTM用ソフトとしては異例の2万本を売り上げた。

もともと、音声合成技術を使ってパソコンで歌声を再現するというものは古くから存在したテクノロジーだ。この分野は、近年ヤマハ(株)の独壇場になっており、初音ミクの音声合成エンジンもヤマハの「VOCALOID 2」を採用している。しかし、初音ミクが違ったのは採用した「声」とそれに伴うキャラクターの設定だ。従来のVOCALOIDは本格派のシンガーをベースの音声にするものが多かったのだが、初音ミクはベースの音声をあえて若手声優の藤田咲にして、かわいらしい声で歌う「未来のアイドル」というコンセプトで開発を行った。さらにイメージキャラクターとしてバーチャルアイドルのアニメ系キャラクターを設定し、アニメ音楽やゲーム音楽などのファン層に訴求する戦略を取った。そこが従来のVOCALOID技術を使ったソフトと明確に異なる点であり、ブレイクした最大のポイントがここにあると言っても過言ではないだろう。

初音ミクがユーザーに浸透するきっかけを作ったのは、間違いなく国産の動画投稿サービス「ニコニコ動画」だ。ソフトの発売後間もない9月4日にニコニコ動画に「初音ミクに『Ievan Polkka』を歌わせてみた」という動画が投稿され、話題を集めた。もともとFlashアニメーションとしてネットで広く話題を集めていたフィンランドのポルカミュージックを初音ミクに歌わせたことで大人気を博し、初音ミクは発売後1週間で店頭から在庫が消えるヒット商品となった。

発売後数週間は、ニコニコ動画を中心に何か有名な曲を初音ミクで歌わせてみる、というコンセプトのカバー曲が中心だったが、9月20日に投稿されたオリジナル楽曲「みくみくにしてあげる♪」[*3] がスマッシュヒット。わずか8日間で50万回以上再生(現在は約250万回再生)されるという快挙を成し遂げた。同曲は完全にニコニコ動画ユーザーたちの「アンセム」となり、初音ミクは完全ニコニコ動画発のムーブメントとして認知された。

ここからの流れがとにかく速かった。以後急速に、カバーだけでなくオリジナル曲の投稿も増え、楽曲のクオリティーや初音ミクの使いこなしも日増しに上がってきた。使いこなしとは、デフォルトの設定のまま歌わせると機械っぽい声にしかならないものを、細かいパラメーターによってうまく設定すること。ニコニコ動画内ではこうした初音ミクを使いこなす技を「調教」と呼んでいる。現在では、明らかにセミプロかプロが作ったと思われるクオリティーの楽曲が
オリジナル楽曲として投稿されているから驚きだ。

また、同時に初音ミクを「ネタ」にしたさまざまなコラボレーションやメディアミックスも盛んに行われていった。イメージキャラクターをアニメーションさせたり、3DCGで作成した動画がニコニコ動画に投稿されたり、イラストレーターが描いたミクの絵と、オリジナル楽曲を組み合わせてプロモーションムービーを作るものが出てくるなど、ニコニコ動画という場で人々がよってたかってひとつのネタでコンテンツを作る姿はまさに「UGC」(User GeneratedContents)、「CGM」(Consumer Generated Media)の理想型とも言えるのではないか。

11月に入ると、ネット上の現象が現実世界にも影響を及ぼし始める。11月上旬「みくみくにしてあげる♪」が通信カラオケのJOYSOUNDに入ることが決定。下旬には来年3月に発売されるフィギュアに予約が殺到。受注開始から、わずか1日半で1万体予約されたことが明らかにされた。まさに、ネットならではの速度感で初音ミクという存在が急速に浸透したのである。

音楽配信という観点で個人的に注目しているのは、初音ミクのブログパーツだ。これはユーザーがニコニコ動画にアップされているオリジナル楽曲をブログ上で連続再生できるツール。現在有名な楽曲だけでも100曲以上のオリジナル楽曲が公開されており、それらを自分の好きなようにBGMとして聴ける。このブログパーツで初音ミクのオリジナル楽曲を連続再生するのがとにかく面白いのだ。それぞれの楽曲のクオリティーや音質、そもそも楽曲のジャンルなど曲によって大きく違うのだが、同じ初音ミクという「素材」をどのように料理するのかということが、本当に人によって解釈がさまざまで興味深い。大げさに言えばここに「クリエイティビティの源泉」らしきものを感じた。

はっきり言えば、初音ミク最大のヒット曲「みくみくにしてあげる♪」は、音質や構成面からみれば、楽曲としてそれほどクオリティーが高いわけではない。しかし、あの「みっくみくにしてあげる」というサビの歌詞と、メロディーのキャッチーさ。これが発売後1カ月もしないでユーザーから自発的に出てきたということに大きな感慨を感じずにはいられないのだ。

冷静に見れば、初音ミクはあくまでひとつの「楽器」でしかない。今後は初音ミクだけでなく、さまざまな声優やボーカリストが起用されたVOCALOIDソフトが発売され、この楽器も一般化していくのだろう。しかし、シンセサイザーの登場が電子音楽やテクノを生み出したように、ターンテーブルのスクラッチやサンプラーの登場がヒップホップを生み出したように、強力な個性を放つ「楽器」は新たな音楽ジャンルを生み出す力を持っているのだ。初音ミクがそれだけの力を持っているかどうかはまだ未知数だが、間違いなく停滞する日本の音楽シーンにまったく新しいインパクトをもたらしたことは疑いようがない。

しかし、絶望的になるのはメジャーのレコード会社社員はこうした初音ミクのムーブメントを「素」で知らない人が多いということだ。こんな刺激的なムーブメントが出てきているのに「しょせんオタクが騒いでいるだけでしょ?」なんて斜に構えている人もたくさんいる。

そんな状況だ。要するに、もはやアーティストから見切りを付けられる寸前のレコード会社に新しいムーブメントは起こせない、ということだ。それなら初音ミクをきっかけにして、ユーザー側から新しいムーブメントを起こしてしまえばいい。音楽業界方面からイヤな話しか聞こえてこない今だからこそ、彼らが抱えるさまざまな問題を初音ミクを使ってユーザーが打ち破ることができたら、そんな痛快なことはないではないか。

[*1] 音楽ストレージサービス「MYUTA」に著作権侵害の判決 -JASRAC「音楽転送でもサービス提供者に責任」

[*2] いまさらMYUTA事件について考えてみる

[*3] 【初音ミク】みくみくにしてあげる♪【してやんよ】



《コメント》
相変わらずレコード会社に対して辛辣ですね。でも僕は、「初音ミクはすごいことになるんじゃないか」というワクワク感を持ってたし、この頃会ってたレコード会社のお偉いさんたちが初音ミクをバカにしているのを聞いて、新しいものを評価できない感性ってかっこ悪い……と思っていたのです。この頃と比べると音楽業界を取り巻く環境は大きく変わりましたが、レコード会社の意識や根本的な体質はあまり変わってないですね。たぶんこれからも変わることが
ないんだろうなとも思います。

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