【無料掲載】日々雑感[選手コラム]『高木俊幸ー再び冒険の旅へ』

サッカーができる喜び

 2017年4月17日。チームがJリーグ第7節でFC東京に勝利して首位に立った翌日。高木は流通経済大学とのトレーニングマッチを戦っていた。45分2本の前半はベンチに待機。ウォーミングアップのために関根貴大とピッチ脇を歩いてきた彼に声を掛けた。

『元気?』

高木「はい。元気です」

『今日は出るの?』

高木「後半の35分くらいから、10分だけ出る予定です」

 そう言っていたのに、後半が始まる時に颯爽とユニホーム姿になって、何事もなかったかのように整然とピッチへ立っていた。

「最初は時間限定の出場予定だったんですけど、前半が終わって、青木(拓矢)くんが『休む』というので、少し分数が伸びました。でも最初から45分はプレーしようと準備はしていたんです。もう少し身体がキツいかなと思っていたんですけども、思ったよりはこなせたと思います。反面、身体が動き切れていないなとも感じています。まだまだ気持ち的にリミッターがあるから、今後はそれが外せるように。足の状態も、もう少し良くなって気持ちの部分が開放できればパワーも出せるかな」

 車好きの彼らしく、『リミッター』という表現で今の心境を示した。今はまだ試運転。それでも、その先の未来を見据えている。ズラタンからクロスボールを要求して迎えた絶好機でシュートをゴール上に吹かしたシーンを振り返って、彼はこう言った。

「試合に出るからには結果を求めてやっている。今日は練習試合ですけども、あのような形をしっかり決められるようにならないとJの試合では難しくなる。『点を取らなきゃな』とは思います」

 トレーニングマッチ後に多数の記者に囲まれ、その度に『今後のチーム内競争を勝ち抜く覚悟は?』というニュアンスの質問を浴びせられた。無理もない。今季の浦和は前線に多くの実力者が加入し、既存選手もそれに触発されて向上意識が高まっている。アルビレックス新潟から来たラファエル・シルバはすでにリーグ戦5得点、ACL3得点をマークし、興梠慎三は第6節のベガルタ仙台戦でハットトリックを達成するなどしてリーグ戦6得点、堂々の得点ランキングトップに立った。他にも武藤雄樹、李忠成、ズラタンらが前線トライアングルの座を死守しようと奮起し、加えて今季はチーム構成上の都合で柏木がシャドーに入る形も増えている。負傷で出遅れた高木は、いきなり正念場。それが周囲の共通した認識なのだろう。

 高木には、常に厳しいチーム内競争に晒された歴史がある。2年前のサンフレッチェ広島戦で移籍後初ゴールを希求してPKを逸し、流した涙。去年真夏のカシマサッカースタジアム、試合後のコンコースで自らの至らなさに下を向いた夜。港町・神戸の空へ向けて咆哮したルヴァンカップでの復活……。

 囲み取材がひとしきり終わった後、彼がポツリと呟いた。

「よく競争の場と言われるんですけど、それを意識しないこともないんですけども……。でも今はただ、サッカーができている喜びだけがある。逆に、それくらいの気持ちの方が変な力みがなくプレーできるのかもしれないですね。サッカーをする自然体の姿って、やっぱり如何に楽しめるかだと思うんです。それが自分のベストを引き出せる心理状態だとも思う。あまり緊張感がないのも駄目だけど、もう少し足の状態が良くなったら、もっといい感じでプレーできる感覚もある。去年の経験があるからこそ、出遅れている今も試合に使ってもらえる保証もないけど、『チャンスが来た時にモノにしてやる!』って気持ちは強い。それはやっぱり、去年の中で自分が得られた自信なのかもしれない」

 かつて吐露した悲壮感はなく、今はただ、果たすべき責任だけを認識して走り続ける。

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