【期間限定無料掲載】この街ー第2回『@2003 ロッテルダム』

プロってなんだ?

    オレはツイてない。

 大学を卒業してプロサッカー選手になれたというのに、所属クラブの監督はオレに説教ばかりする。他の選手がミスをしてもなにも言わないのに、オレにだけ小言を浴びせるのはなぜだろう? プロになれば自立した大人として扱われると思っていたのに、これじゃあ学生時代となにも変わらない。

 オレがチームに加入した年のクラブは大卒、高卒を合わせて新卒を10人も獲得した。学生時代にそれほど実績を残せなかったオレは当然サテライト(2軍)からスタートすると思ったけど、シーズンイン直後の練習試合で良いプレーをしたら評価されて、同期の中ではオレと”ツボ”だけが鹿児島で行うキャンプへの参加を許された。ツボは練習試合でレギュラーが出場する1本目、2本目に出ていたから、最初から監督に目を付けられていたんだろう。でもオレは控え組中心の4本目に一本出ただけだったからトップチームに加われるのは意外だった。

 そして1年を経た今、オレは監督から説教ばかり受けている。さっぱりわからない。でもたぶん、この監督は俺の親父みたいな人なんだと思う。

 プロサッカー選手としての1年目が終わろうとしていた。9人いた同期のうち、早くも2人がクラブから戦力外通告を受けていた。プロは厳しい世界だ。そんな中、チームは前年と変わらず低迷してリーグ戦では年間11位に留まっていた。リーグカップでは準優勝したけど、決勝で負けてクラブ初のタイトルは獲れなかった。それでも自分はリーグ戦に22試合、リーグカップに7試合出場できて確かな手応えを感じていた。これなら来年もやっていける。そう思って臨んだリーグ最終節、オレは相手に強烈なタックルを食らって左足首を捻挫してしまった。オレを倒したのは筋肉隆々のフィジカルモンスターみたいな奴だった。やっぱりツイてない。ようやくシーズンが終わってオフを満喫したかったのに、これじゃあ心地良く羽を伸ばせないなと思った。 


オランダへ

 そうだ。こんな時は”ヨースケ”に連絡してみよう。ヨースケというのは高校の同級生で、アイツは高校卒業後にすぐプロになったからシーズンオフの過ごし方も知ってるはずだ。アイツならオレのつまらない愚痴も聞いてくれるし、今後のことも計画しなきゃならない。

 ”シンジ”に会いに行くのもいいな。シンジもヨースケと同じでオレの同級生だが、アイツは幼少の頃から抜群にサッカーが上手かった。いわゆる”天才”だが、普段のアイツは偉ぶるところがなくて、誰に対してもフレンドリーな心の優しい奴だ。そのシンジは今、欧州・オランダのプロサッカークラブへ移籍してプレーしている。そういえばシンジに、『オフになったらオランダへ来なよ』と言われてたんだっけ。そうだな、オランダへ行こう。うん、それがいい。 

 2003年1月。オレはヨースケとふたりでオランダの”ロッテルダム(Rotterdam)”という街に降り立った。寒い。ロッテルダムは欧州でも屈指の港町らしいが、そのせいで風が強いのか、ひどく寒い。それに街の景観は長い歴史を感じさせるというより、近代的な建物がそびえていて無機質な印象を受ける。でもそれは、第二次世界大戦のときに旧ドイツの爆撃を受けて、この街の旧市街や港が破壊されてしまったからだと後から知った。

 シンジは忙しかった。オランダのリーグ(エールディビジ)は極寒の冬にウィンターブレイクを設けて一時中断する。オレとヨースケがロッテルダムへ行ったときはちょうどその時期で、シンジの在籍する”フェイエノールト・ロッテルダム(Feyenoord Rotterdam)”はオフ明けの体力強化練習に励んでいた。そうなれば昼間にシンジとはなかなか会えない。それでもオレは少し気持ちが高揚していた。サッカーの遠征以外にプライベートで海外に来るのは初めてだったから、目に映る異国の景色がとても新鮮だった。シンジの住んでいるアパートに寝泊まりしていると、自分も少しだけオランダの住民になれた気がした。

 「そうだ。暇だから、あの歌の振り付けを練習しようぜ」

 そう言うと、素直なヨースケは必ず乗ってくれる。

 「いいね、やろうか」

 極寒のロッテルダム。家の外は寒いけど、シンジの部屋は暖房が効いていて暖かった。ふたりで一心不乱に踊っていると、練習を終えたシンジが帰ってきて叫んだ。

「おい! 今、下のおばさんに『うるさい!』って怒られたぞ。お前ら、バタバタとなにやってるんだよ!」

 そこには高校時代と変わらないシンジがいた。みんなで無邪気に笑い合った日々を思い出す。

 でも、なにかが違う。違うんだ。

 もう学生じゃない。ふらりとオランダへ行ってシンジに会っても、彼は練習に勤しんでいて、一緒に居られる時間は限られてしまう。

 この違和感はなんなのだろう。そういえば、今のオレは以前のように羽目を外していない。もちろん足をケガして無理をできる身体じゃないが、それでもなにかを制御する自分がいることに気づいた。

 『ああ、そうか』。

 シンジ、ヨースケ、そしてオレは今、同じ境遇にある。ロッテルダムの強い風が吹き付ける中で、そのときのオレは、漠然とプロサッカー選手の生業(なりわい)について考えていた。

(続く)

次ページに本物語の主な登場人物の紹介と、【浦研プラスお薦め!】『この街』に登場する”街”、”モノ”、”場所”の紹介があります。次ページへgo!→

次のページ

1 2
« 次の記事
前の記事 »