『J番記者による大忘年会2017』~タグ祭り!~12/18渋谷で開催

【大好評連載記念! 特別無料掲載】この街ー第5回『@2002 駒場』

『狸』に目をつけられる

 以前にも言ったが、オレの所属するチームは2002シーズンに新卒の同期を10人獲得した。チームは2年前にJ2で戦って昇格を果たしたものの、翌年はまた中位くらいの成績で、クラブは停滞からの脱却を図って、かつて日本代表を指揮したことのあるオランダ人の監督を招聘して新たなシーズンに臨んでいた。その監督が、新人のオレたちにいきなり「キャンプには新人全員を連れて行かない」と言った。どうやらキャンプ前に練習試合を実施して、そのプレー内容次第で何人かをキャンプ地である鹿児島県の指宿市へ連れて行くかどうかを決めるらしい。

 練習試合はいつもトップチームが練習をしている『大原グラウンド』ではなく、普段の試合会場の『駒場スタジアム』でやった。オレがこのクラブへ加入したときは『埼玉スタジアム』という6万人近く収容できる大きなスタジアムが完成していたが、それまでは『駒場』が聖地と呼ばれる場所だった。

 オレは前半の45分間だったか、それとも後半だけ出場したのか、記憶が定かじゃないが、そのときのプレーを評価されてキャンプへの参加を許された。ちなみにオレ以外にもうひとり、”ツボ”という選手がキャンプに加わったが、彼は最初から監督のお眼鏡に適っていたらしく、紅白戦ではレギュラー組でベテランのイハラさんと共にバックラインを務めていた。

 ツボは、とにかく足が速かった。正直技術はそれなりだったが、相手に食いついたら絶対に離さない執念深さがあって、DFとしてはピカイチの力を持っていた。かたやオレは、本来は右サイドバックが適性なのだが、どうやら”狸の指揮官”は3-5-2を採用するらしく、このチームに4バックのサイドバックというポジションは見当たらなかった。ならば右のサイドアタッカーかとも思ったが、そこには”ヤマダ”という不動のレギュラーが居て、ソイツを追い抜くには相当なアピールが必要だった。

 実はヤマダの弟とオレは同い年で顔見知りだった。その弟は兄貴を「化物(ばけもの」と称していて、ヤマダは天性のフィジカルと技術を駆使してJリーグでもトップレベルのサッカープレーヤーとして名を馳せていた。彼はどのポジションでもプレーできる、いわゆるユーティリティ選手だが、今のチームでは主に右サイドでプレーしていたから正真正銘オレのライバルになる。でも、そもそもオレはこのチームに加入することを決めたときに『ヤマダ超え』を心に期していた。彼を追い抜けばプロサッカー選手のステータスが確立される。こんなに分かりやすい目標はないなと思った。やっぱり、ターゲットは明確な方がいい。

 他の同期の仲間は埼玉に居残りで悔しい思いをしているに違いない。彼らの分までなんておこがましいが、それでも、せっかく与えられたチャンスをフイにしたくない。

 よーし、キャンプのメンバーに選ばれたからにはいっちょう、やってやるか。

 モチベーションマックスでキャンプインした直後、『狸』がオレに言った。

「オマエは左サイドでプレーしろ。えっ、左足でボールが蹴れない? じゃあ、練習すればいいだろ」

 ガーン、いきなり目の前が真っ暗になった−−。

「ああ、もう! ちきしょー!」

 また、考えてたことが声に出てしまった。ヨースケが、心配そうにオレを見つめて言った。

「だから、運転中に考えごとすんなって」

 フロントガラスに映る沖縄の青空はどこまでも澄んでいたが、オレの心には、どんよりとした曇り空が広がっていた。

(続く)

次ページに本物語の主な登場人物の紹介と、【浦研プラスお薦め!】『この街』に登場する”街”、”モノ”、”場所”の紹介があります。次ページへgo!→

前のページ次のページ

1 2 3
« 次の記事
前の記事 »