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ベトナムで奮闘する日本人サッカー選手、井手口正昭さんにインタビュー ここで活躍してベトナムに日本人選手がもっと来られるような流れを作りたい。

東南アジアにおけるサッカー熱の高さは、もともと凄まじいものがあるが、近年では経済の成長と歩調を合わせるように、それぞれの国のプロリーグの競技レベルも飛躍的に向上してきている。ベトナムも例外ではなく、次々と優秀な若手選手が育っており、昨年は2人のベトナム代表選手がJ2リーグに移籍した。その一方で、ベトナムプロサッカーリーグ(Vリーグ)に活躍の場を求める日本人選手も出てきている。今回は、昨シーズン、ベトナム唯一の日本人選手としてプレーした井手口正昭選手を取材。ベトナムに来るまでの経緯やこの国のサッカーの可能性などについて語ってもらった。
※この記事はフリーペーパー「VINABOO」2017年3月号に掲載されたインタビュー記事を転載したものです。


セレクション不合格の挫折からJ リーグ入りまで

Q.サッカーを始めたきっかけは何でしたか? 

井手口「もともと近所の友達とよく遊びでサッカーしていたんですが、上の弟が小学校に入学するタイミングで地元の少年団に入ることになって、僕も一緒に入団しました。10 歳のときです。」

Q.そこからはどんなステップで歩んでいったのですか?

井手口「中学では部活じゃなくて、クラブチームでサッカーを続けました。最初はアビスパ福岡のセレクションを受けたんですが、合格しなくて、地元の他のクラブに入りました。」

Q.高校は地元の強豪である東福岡高校ですね。

井手口「推薦で入学したんですが、部員数が本当に多くて…当時200 人近くいたかな。最初入ったとき、これは絶対試合に出られないと思いました。1 軍から 4 軍まであって、それぞれ 30 ~40 人もいたんです。高校では、2 年生の時にインターハイに出場しました。その年、チームは全国選手権にも出ましたが、個人としては出場できなくて、3 年生の時はレギュラーの座を掴んで、高円宮杯でベスト 16 に入りました。」

Q.高校卒業後は福岡から出て大阪の阪南大学に進学しましたね。

井手口「そこも推薦で入りました。大学では、2 年生の時に関西学生リーグで優勝して、総理大臣杯で2 位。4 年生の時もリーグ優勝しましたが、最後のインカレでは1 回戦で敗退してしまいました。」

Q.学生時代のチームメイトでプロに進んだ人はいますか?

井手口「高校だと、やっぱり二つ上の先輩の長友選手(日本代表、インテル・ミラノ所属)が有名ですね。その時、僕は 1 年生で 1 軍にいたわけでもないので、特に絡みもなかったんですけど。でも、高校と大学を合わせたら、10 人以上がプロに進んだと思います。」

Q.井手口選手自身は、いつごろからプロになることを意識し始めたのでしょう?

井手口「大学の時です。2 年生から試合に出ていたんですが、その時、一緒にやっていた先輩たちが 4,5 人ぐらいプロに進んだので、自分も頑張ればプロになれるんだ、という現実が見え始めた時期でした。」

Q.その後、実際にプロ入りするわけですが、横浜FC 以外の選択肢もあったんでしょうか?

井手口「いえ、横浜 FC だけでした。オファーを受けて即決という感じでした。」

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