ザ・J2クラブの水戸が首位。2000年に取材した「水戸vs浦和」から思うこと(J論)

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ロシア出身のベトナム代表守護神、月給200USDも経験した苦労人<1/2>

UAEで開催されたAFCアジアカップ2019でベトナム代表のベスト8進出に大きく貢献したGKダン・バン・ラム(25歳)が大会中、ロシア紙「ソヴィエトスポーツ」に取材に応じた。188cmの長身を持つダン・バン・ラムは、ロシア人の母親を持つハーフで、生まれも育ちもモスクワ。かつては地元スパルタク・モスクワやディナモ・モスクワの下部組織に所属し、昨季まではハイフォンFCで活躍。今季はタイ1部ムアントン・ユナイテッドに移籍することが決まっている。同選手は取材の中で、ベトナム代表に選ばれるまでの長く苦しい道のりについて語った。

生まれ育ったロシアから父の祖国ベトナムへ

記者:あなたはロシア生まれですが、なぜ現在はベトナム代表でプレーしているのでしょうか?

ラム:僕はモスクワ出身。母がロシア人、父がベトナム人です。母は女優、父はバレーダンサーをしています。両親はロシアの芸術劇場で修行しているときに知り合ったそうです。家族はモスクワに8年位暮らして、僕は中学生のときスパルタク・モスクワの下部組織に入団しました。

記者:あなたは以前、誕生日にレフ・ヤシン(ソ連代表の伝説的GK)のような帽子をかぶってモノクロの記念写真を撮っていますが、あなたが幼い頃にレフ・ヤシンのプレーを見ているとは思えません。あなたのアイドルは誰だったのでしょうか?

ラム:アイドルという言い方は好きじゃありません。

記者:では、あなたがプロサッカー選手として目指しているのは誰ですか?

ラム:レフ・ヤシンは、全てのGKが見習うべき存在です。もっと近い年代で言うと、ブッフォンとカシージャスのプレーが好きです。現代サッカーでは、憧れのGKが大勢いますが、アイドルというわけじゃありません。彼らはあくまでも僕と同じプロサッカー選手で、彼らから学ぶべきことは多いと思っています。

記者:現在、あなたにとって最高のGKは誰ですか?

ラム:うーん、デ・ヘアかな。クルトワもすごいと思います。

記者:なぜロシアを離れたのでしょうか?

ラム:ディナモ時代はセカンドチーム所属でしたが、僕はいいプレーをしていたと思います。経験豊富なGKたちとも一緒に練習して、彼らから多くのことを学びました。GKの中で僕が一番若かったんです。でも、契約満了を迎えるとき、アカデミーの人たちからプロ契約は出来ないと聞かされました。

記者:それで、すぐにベトナムに渡ったのですか?

ラム:僕は自分の力がディナモや他のロシアのクラブでも通用すると考えていました。でも、その時は物事がスムーズにいかなくて…。それで、父にベトナムのクラブを探してもらい、インターネットで調べたクラブのリストを持って、ベトナムに渡りました。

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