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ベトナム女子サッカー引退後の第2の人生~私たちの生き方 第2回 審判員に転身した元ハノイFCズオン・ティ・フオン・タオ

サッカーに情熱を注ぐベトナムの女子選手たちは、青春時代をサッカー一筋で過ごしている。結婚や転職など20歳そこそこでサッカーを離れる選手たちも多いが、中には30歳を過ぎても第一線でプレーする選手もいる。今回の主人公は、女子サッカーの名門ハノイFCレディースに所属したズオン・ティ・フオン・タオ。現役引退後に歩み始めたセカンドキャリアは審判員という道だった。審判員になると決意した背景には、どんな物語があったのだろうか。

女子サッカー選手は厳しい仕事。家族に仕送りも出来ません。

 -こんにちは、フオン・タオ!ベトナム女子リーグ2019に向けた女性審判員の研修会で参加者が20人にも満たなかったことに驚いています。女子サッカー選手は厳しい職業、女子審判員はそれ以上ということでしょうか?

 「本当にそう思います。私たちのようにサッカーが好きでたまらない一部の人以外には、長く続けられる仕事じゃありません。私は現役引退後の2年間、指導者になることを考えていましたが、実現できませんでした。でも、サッカーに関わる仕事がしたかったので、審判(現在は副審)になりました。」

 -サッカー選手時代のことを教えてもらえますか?

 「最初は陸上の選手でした。タイグエン省スポーツセンターのコーチたちが、私にはサッカーの素質があるからとサッカーへの転向を勧めたのです。私は当時1415歳で中学から高校に上がる時期でした。私はすぐサッカーに夢中になって、両親も応援してくれました。父も母も“お前が好きなことをやりなさい。私たちはいつもお前が決めたことを尊重する”と言ってくれました。それからの10年間、私はタイグエンFC、ハノイ1、ソンラFC3クラブを渡り歩いて、サイドバックとミッドフィルダーとしてプレーしました。」

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