松沢呉一のビバノン・ライフ

シリーズ:ヘイトスピーチ規制法の是非- 韓国の児童ポルノ裁判から考える日本のヘイトスピーチ規制法 (松沢呉一) -4,463文字-

韓国の児ポ法「アチョン法」に対する理性ある判決

 

vivanon_sentenceうぐいすリボンのサイトに、今年の9月、韓国で下された児童ポルノ裁判での判決文が翻訳されています。注目すべき内容ですので、ぜひお読みいただきたい。

韓国ではアチョン法(児童・青少年の性保護に関する法律)によって、児童ポルノが禁止されています。もともとは架空の表現物に対しては適用できなかったのが、2011年に2条5号が改正されて、「児童・青少年または児童・青少年として明らかに認識することができる人もしくは表現物が登場して、法が定めた性行為をする内容を表現する映像物」までが対象になります。具体的被害者が存在しない架空の存在であっても、それが児童・青少年だとわかれば違法。

この改正によって、多数の児童ポルノが摘発されています

この法律の問題点については以下の動画を参照のこと。

 

 

アチョン法に限らない架空の表現に対する規制の問題点がよくわかります。

それに対して一定の制限を加えたのが、この判決です。この事件は「おっぱいハート」と題された日本のエロアニメをインターネットで公開したことが罪に問われたものです。「情報通信網利用促進及び情報保護等に関する法律違反(わいせつ物流布)」については有罪判決が出て、被告人4名は罰金刑になりますが、アチョン法については無罪。日本で言えば刑法175条違反になっても、児ポ法は免れたってことです。

「どっちにしても有罪じゃないか」という話ではあるのですが、わいせつ物流布の罪に比してアチョンは厳しくて、わいせつ物流布は最高1年の懲役。アチョン違反となると懲役5年以上7年以下の重罰で、性犯罪より重いのです。

これはもともとアチョン法が実在の児童に対する虐待を防止するための法律だったことに由来し、児童ポルノの制作規制だったものが表現規制に至ったために、このような重罰規定が表現そのものにも適用されるようになった模様です。

しかし、アチョン法は無闇に適用されていいものではなく、その要件を判決では以下のように提示しています。

 

アチョン法の立法目的、改正沿革、法規範の体系的構造などを総合的に考慮し、合憲的解釈論によって考えると、児童・青少年利用わいせつ物としての表現物は、実際の児童・青少年が直接的または間接的に関与された場合にのみ、児童・青少年として明らかに認識することができるものと解釈するのが妥当である。そのような場合に該当するものと想定することができる具体的な例を挙げてみると、次のような場合である。

1)表現物の制作において、実際の児童・青少年が参加した場合(例えば、表現物のモデルなどで直接参加した場合)

2)表現物の制作において、実際の児童・青少年が参加していないが、実際の児童・青少年が参加したかのように操作された場合(例えば、パソコンを利用した合成などの方法で、実際の児童・青少年の写真などを加味して表現物が製作された場合)

3)表現物の制作において、実際の児童・青少年が参加するか、参加したかのように操作されていないが、画像やストーリーなどによって実際の児童・青少年が特定できる場合(例えば、アニメーション上の画像やストーリーなどにより、実際の児童・青少年が特定され、その児童・青少年の人格権が侵害されている場合)

 

以上の要件に照らして、今回の事件は以下のように解釈されます。

 

この事件に戻って検討したところ、提出された証拠によるとこの事件アニメーションは幼く見える姿をした仮想の男女のキャラクターたちが学校、家庭または他の場所で性的行為することを内容としている事実を認めることができる。

しかし、さらに検察が提出した証拠だけでは、(1)この事件のアニメーションに登場する各キャラクターを制作するにあたって実際の児童・青少年が参加したか、(2)実際の児童・青少年が出演したかのように操作がされたか、(3)ストーリーなどを通じて各アニメーションのキャラクターが実際の児童・青少年に特定されたと認めることができず、その他、この事件のアニメーションの各キャラクターが、実際の児童・青少年が直接的または間接的に関与されたことによって明らかに児童・青少年に認識することができる表現物に該当すると認めるに足りる証拠を発見することができない。

 

よって、この部分については無罪。アチョン法の本来の趣旨に沿い、かつ憲法違反にならない範囲を提示したものと言えましょう。

 

 

架空表現に対する規制の要件

 

vivanon_sentence改めて架空表現に法が適用されてもいい要件をまとめてみます。

 

1)例えば実在の児童をモデルに使っている絵や漫画、アニメが該当。行為だけでなく、表現物そのものを公開することが違法になる。以下の2と違って、その表現物から直接そのことが感得できる必要はないようです。

2)例えば実在の児童の顔に裸の写真をコラージュした写真などが該当。実際に撮影されたものでなくとも、そう思わせれば条件を満たしますから、似顔絵でも成立しましょう。

3)例えば登場人物に、実在の児童の名前やプロフィールを添えている表現物が該当。韓国でも、これは名誉毀損としての救済が可能でしょうけど、表現物自体が違法になり、名誉が既存されたかどうか、されるかどうかを検討する必要はありません。

 

いずれも実在の存在を直接描いているわけではないため、架空の表現と言えますが、これらは罰せられる。しかし、このどれにも該当しない表現物は罰しないという基準が提示されたわけです。基準を簡単にまとめると「実在の児童・青少年と紐付けがなされているのかどうか」です。

アチョン法の保護法益は児ポ法と同じく社会的法益です(※)。つまりは、被害者が存在しなくても適用される法律です。しかし、それが適用される要件として、具体的個人の被害が実在していることを挙げてます。その被害者が存在することの確認まで必要になるケースが出てきましょうけど、個人法益を保護法益とする法律ではないので、被害届や告訴は要しない。

このことによって、アチョン法は合憲に留まるのであり、それを越える適用は違憲の疑いがあるということを裁判所が判断しました。

冷静かつ合理的判断です。もし日本でも非実在表現に適用されるようになったとしても、この基準はそのまま流用できるのではないか。

この判決は、ヘイトスピーチ規制法においても考えるヒントを与えてくれます。

 

 

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