松沢呉一のビバノン・ライフ

「アダルトショップ」での展示をついてきた警察をフェミニストは批判できるか -ろくでなし子再逮捕 [2] -(松沢呉一) -3,258文字-

ろくでなし子再逮捕 -警察の狙いはなにか?」の続きです。

 

 

「わいせつ」の基準は男女平等

 

vivanon_sentence北原みのりは釈放されたよう(著名人呼びすて原則として敬称略でいきます)。これに限らず、警察は逃亡するはずがなく、証拠隠滅しようもないケースで逮捕しすぎ。さらに逮捕時に晒しものにしすぎ。マスコミはそれに協力しすぎ。

検察はなんとしてもこの件で起訴まで持ち込みたいようですから、こうなった以上、ろくでなし子も北原みのりもとことん闘うべし。その闘い方次第では支持できないこともあるでしょうが、「わいせつとは何か」「刑法175条(わいせつ物頒布等の罪)は必要なのか」の議論を深める方向である限りは支持できます。

運良く、わいせつ裁判を闘っても、表現者は損をしない仕組みになってます。むしろ、称えられる。このことは、伊藤整、澁澤龍彦、野坂昭如、大島渚らを見てもわかります。ここに名を連ねるのは名誉です(以下に書いていくように、そうなるには条件というものがありますが)。

私らも、この機会に、ガシガシ議論を深めていきましょう。

しかし、現状、ネットで見られる意見を見ていると、暗澹たる気持ちになります。

たとえばこういうの

報道によると、ろくでなし子さんは取り調べに対して「女性器はわいせつ物ではない」と容疑を否認している。今回の逮捕は海外でも広く報道され、公共の場における性的表現と性の商品化に非常に「寛容」な社会として知られる日本において、なぜこのような逮捕が起きるのかと不思議に思われている。一体なぜ、男性目線に囚われてきた女性器を女性の主体的な表現活動を通じて取り戻そうとしてきたアーティストのろくでなし子さんが二度も逮捕され、女性が自分の性を主体的に語り行動する自由を切り開いてきた北原みのりさんが逮捕されなくてはならないのか。刑法「わいせつ物頒布等の罪」を構成する「わいせつ」の定義また 「被害者不在の犯罪」をめぐって、その家父長制的解釈や表現の自由の侵害について、フェミニストの視点からあらためて批判的に問い直す必要がある。

 

これはアジア女性資料センターというところの声明文です。世論に訴えることは意味があるし、警察、検察、裁判所への圧力にもなるでしょうけど、中身はひどい。

何が起きているのかを正しく知り、それを前提に正しく反撃していく姿勢は皆無です。警察はこの人たちのようなセクシストではないので、男であろうと、女であろうと、彼らが判断する「わいせつ」の基準で摘発をします。男女平等。

たぶんアジア女性資料センターとやらは、昨年静岡であった石膏で型どった女性器の販売が罰金になった事件の資料も探せておらず、そのようなものを頒布したり、展示したりすれば罪になることを理解していないのでしょう。

 

 

刑法175条「わいせつ物頒布等の罪」の廃止を願ってますか?

 

vivanon_sentence静岡の件はnaverにもまとまっているので、読んどけ。

 

【女性器の石こう型はわいせつ物】販売者の男性が書類送検に

 

女が自分の性器を3Dプリンターで再現してもよく、男が石膏で女性器を再現してはいけないなんて法律は存在しません。ここで考えなければならないのは「なぜ後者はわいせつであり、前者はわいせつではないのか」あるいは「後者は本来罪に問われるべきではなく、前者も同様に罪に問われるべきではない」といった論をどう組み立て得るのかです。私はどっちも罪に問われるべきではないと考えています。

刑法174条の公然わいせつはまた別として、この事件もそうであるように、刑法175条「わいせつ物頒布等の罪」違反に問われた事件の大半は男によるものです。上に出した名前もすべて男。それ以外のわいせつ裁判も、私の記憶する限り、男ばかりです。

常識を越えて―オカマの道、七〇年 罪に問われた表現物はしばしば女性の裸体、性器を中心に描いたものであり、男女の性行為を描いたものです。男性単体、あるいは男性同士の表現を描いたもので裁判になったのは、東郷健の「税関ポルノ裁判」と「メープルソープ裁判」くらいしか思い浮かびません。

表現物についても、逮捕される人についても、そこに男女の不均衡がありますが、この不均衡は法律の不均衡ではなく、表現者の多くが男であり、エロでビジネスをするのもまた男であることに由来しているに過ぎず、刑法175条の取り締まりは、行為者の性別によってなされているのではありません。そのことは刑法174条の公然わいせつがストリップ劇場に適用された時に、正犯として誰が逮捕されているのかを考えればわかりましょう。

数々の事例を見ればわかるように、【公共の場における性的表現と性の商品化に非常に「寛容」な社会】であろうとも、それは合法の範囲でなされているためであり、法から逸脱すれば警察は黙っていないというだけのことです。

 

next_vivanon

(残り 1520文字/全文: 3522文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ

日本サッカーの全てがここに。【新登場】タグマ!サッカーパック