松沢呉一のビバノン・ライフ

燃える焼肉屋 -なべやかんと命がけの食事 [ビバノン循環湯 1] (松沢呉一) -2,692文字-

「ビバノン循環湯」は発表済みの原稿を再録するシリーズです。今回は7、8年前にメルマガに書いたもの。

 

焼肉屋へ

 

vivanon_sentenceなべやかんと監禁マニアに会いに行った帰り、池袋でメシを食うことになった。

この日、私は時々襲い来る「世界の山ちゃん」症候群に悩まされていた。「世界の山ちゃん」の手羽先を食いたくて食いたくて気が遠くなりそうな時があるのだ。今や名古屋から全国に進出しているので、食ったことがある人も多いかと思うが、ある種のジャンクフードである。そういうものに限って癖になる。 あの手羽先にはコカインかなんか入っているんじゃなかろうか。あんな単価の安いものに、そんなもんを入れたら採算がとれないわけだが。

しかし、やかん君も私も酒を飲まない。下戸が二人で「世界の山ちゃん」に行くわけにもいかない。お持ち帰りはできるが、お茶を飲みながら、気楽に手羽先が食えるファストフード店を「世界の山ちゃん」は開くといいと思う。

気が遠くなりつつ、以前、よく行っていた飲茶屋に行ったら、いつの間にかジンギスカン屋になっている。ちょっと来ないうちに、池袋は羊牧場があるかのように、ジンギスカン屋が激増していた。

続いてその飲茶屋の本店に行ったら、今度は満員で、かなり待つとのこと。そこで、 「焼肉でも食うか」と焼肉屋に行ったらまたも満員。

すでに「焼肉頭」になっていたため、方向転換ができず、前々から建物はよく見ていて、うまそうなんだけど、高そうでもある木造三階建ての焼肉屋に入った。ここは席があった。よかった。

 

煙の多い焼肉屋

 

vivanon_sentence二階の座敷に通されて、メニューを見たら、案の定高い。山形牛が売りで、安い肉も和牛のようだ。

「タン塩を食いたいですね」とやかん君。

「なんてことを。よく見ろ」と私は値段を指さした。並のタン塩で二千円以上。上タン塩は三千円以上。

「やめましょう」とやかん君はあっさり諦めた。怪獣グッズを買いすぎで金のない芸人とエロ本の買いすぎで金のないライタ ーにとっては無理のある店であった。

カルビも各種あるが、全部千円以上で、たぶん肉の切れ端を集めた「ボリュームたっぷりのなんとか盛り」というカルビのみ千円以下。これを二人前と、やはり千円以下のハラミ、レバ刺しを頼んだ。いつもなら、カルビクッパを私は最後に食うのだが、この日は白いごはんにしておき、「一人三千円で済むかな」ってところで抑えた。

しかし、安い肉でもうまいのだ。安い肉でも、「牛角」や「牛繁」の倍以上するわけだが。

「炭火で食う焼肉はうまいな」

「ホントにおいしいですね」

「焼肉と言えば、この間の中学生の自宅放火事件だが、あれは世田谷のどこなんだろうね」

北沢警察署管内でそんな事件があったのである。やかん君のうちも北沢署管内だ。

「ああ、どこなんでしょう。あの日、火事騒ぎが近くであったとの話は聞いていないですね」

この焼肉屋は換気が悪いのか、焼肉を食いだして間もなく、店内に煙が充満してきた。

「炭火の焼肉はうまいのはいいとして、煙いね」

「うまいけど、煙いですね」

やがて目がチカチカしてきて、涙がこぼれてきた。

「いくらなんでも煙がひどくないか、ゴホゴホ」

「そうですよね、一酸化炭素中毒で死んじゃいますよ、ゲホゲホ」

 

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