松沢呉一のビバノン・ライフ

『芸妓通』 花園歌子の画期的芸娼妓論  [ビバノン循環湯 8] (松沢呉一) -8,797文字-

ついつい「ビバノンライフ」を最初から通して読んでいる人たちを前提にしてしまいますが、そうではない方も当然いますわね。先週書いた「戦前の廃娼運動は道徳運動でしかなかった」との指摘は戦前からなされていることです。「セックスワークの禁止は実習生のような不当な労働を肯定する」も併せてお読みください。

カンボジアなどの国々で現在も行われている更生事業と戦前の廃娼運動は通じています。カンボジアで行われていることに対する批判が あるのと同様、戦前にも、廃娼運動が道徳運動でしかないことを喝破し、遊廓での労働環境の向上を主張する人たちがいたわけです。あの回にリンクした鷲尾浩 の『風俗問題』を国会図書館のデジタル・アーカイブで是非お読みください。

今回はもう一冊、デジタルアーカイブで読めるものを取り上げておきます。花園歌子の『芸妓通』です。震えるくらいに素晴らしい内容の本です。

これについては以前ブログで取り上げています。「左褄とは変態的服装のことである」をお読みください。ここでは芸者の左褄の間違った解釈が広がっていることを指摘した流れで取り上げていますが、メルマガでこれのロングヴァージョンとでも言うべき内容を「松沢式売春史」シリーズで配信しています。この「松沢式売春史」は内容をざっくりまとめて、のちのちのための備忘録として始まったものです。おおむね本の順番に気づいたことを羅列しているため、読み物としてはイマイチわかりにくく、面白みがないかもしれない。

タダで原本を読めるのですから、そちらを読んでいただければいいのですが、本を読んでもわからない部分の補足もしていますし、旧仮名を読むのが苦手という方もいらっしゃいましょうから、読みたい人は有料登録をしていただければよろしいかと。

原文を読む方は以下の図版をクリック。

 

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花園歌子著『芸妓通』

発行所:四六書院
発行日:昭和5年6月7日
体裁:B6 226ページ
定価:70銭

国会図書館の古い本は改装されているものが多いが、オリジナルの表紙は「通叢書」共通のデザイン(色味は本によって違っていたように思う)。通叢書はものによっては数百円で買えるが、『芸妓通』『カフェー通』などいくつか人気の高いものがあって、とくに高いのは『カフェー通』で、これは私も所有していないし、国会図書館にもないみたい。

 

 


 

 

vivanon_sentence花園歌子のものは以前『女から人間へ 女性文化研究資料一覧』を「松沢式売春史」で取り上げている。これは白木屋で展覧会をやった時の資料集。

『芸妓通』にも資料リストが挙られており、これを見るだけで只者ではないことがわかるはず。吉野作造が彼女を高く評価していたのも当然か。

花園歌子は新橋の芸者。当時新橋の三業組合はふたつに分かれていて、彼女は南地(なんち)所属。東京女子薬学校を卒業、女給をやったあとに芸者になっている。花柳界では相当の変わり者だったことが察せられる。半玉から芸者になった生え抜きに比べると芸や作法は苦手だったかもしれず、だからこそかもしれないが、モダン芸者として人気を得た。モダン芸者は大正期に出てきた洋装、洋髪を典型とする新世代の芸者のこと。今で言えばコンパニオンか。当然、古い世代からはあまりいい評価をされていない。

モダン芸者はダンスを得意とするのが多く、この本でもダンサーとしての写真が出ており、このあと彼女は芸者をやめてダンサーになっている。ダンサーと言ってもホールのダンサーではなく、当時人気だった石井漠らの流れを汲む創作ダンスである。

のちに正岡容と結婚。なにしろ弁が立ち、文章もうまいので、戦後に至るまで執筆業も続けている。

この『芸妓通』は現役の芸者だった時に書いたものだが、よくある花柳界の通論ではなくて、もっぱらモダン芸者について書いたものであり、なおかつその論は著者独自の視点に貫かれており、「売春とは何か」というところまで踏み込んだ画期的内容。

 

 

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