松沢呉一のビバノン・ライフ

【閲覧注意】究極のマゾヒスト矢作よねに見るサディズム [ビバノン循環湯 19] (松沢呉一) -4,312文字-

おそらく検視のために警察署に運ばれたところであろう遺体の写真を出してます。文章だけ読みたい人は最後までスクロールしないようにしてください。

これはミリオン出版のムックに書いたもの。再録もされたと思いますが、さすがにコンビニ向けのムックでは遺体写真は出していないはず。出していたとしても、ボカシが入っていたはず。

 

 

底なしのマゾ

 

vivanon_sentenceよく「ワタシ、Mなんですぅー」などと飲み屋で明るく語っている小娘がいるわけだが、「オナニーの時に犯される想像をしている」だの「乱暴にされるのが好き」だの「言葉責めをして欲しい」だの、そんなもん、マゾじゃねえ。本物のマゾは底なしである。

以前、S男性が「本物のマゾには近づくな」と言っていた。折檻されたくて、自らやってはいけないことをやる。浮気をしては、自らバレるようにもっていく。男も最初は嫉妬心をかきたてられて燃えるのだが、やがてはマゾの欲望についていけなくなるという。

まさにそんな底なしのマゾが大正時代にいた。その欲望によって命が失われる事件に発展し、「小口末吉事件」とも称されるが、主人公はなんと言っても末吉の内縁の妻であった矢作よねである。

矢作よねの陰惨な末路は、古い時代の猟奇事件マニアなら知らない人はいないだろうが、この事件を取り上げている本によって詳細は微妙に違う。戦前の出版物では細部について書くことができず、その間に資料が消失されたためかと思う。

エロ出版の巨人・梅原北明編集「変態資料」(文芸資料研究会編集部)の五号(昭和2年1月発行)に掲載された杉田直樹「Masochismの女の話」には末吉の調書が掲載されており、信憑性が高いため、以下、もっぱらこの一文を参照し、サブとして戦後のものから補足をした。なお、杉田直樹は帝大の教授で、多数の著書を残している人物である。

 

 

吉原で出会った二人

 

vivanon_sentence矢作よねは吉原の妓楼で働いていた。娼妓ではなく、女中である。借金や扶養家族等、娼妓になる事情がなかったのだろうが、もしかすると、娼妓だった方がのちの不幸(あるいは幸福か)は招かなかったと思える。

生前の写真は見たことがないのだが、よねは美人だったということになっている。検死の際のものと思われる、よねの遺体写真が残っている。はっきりとはわからないが、たしかに美人かもしれない。であるならやはり娼妓になって、自分の不遇を嘆きながら、客に抱かれていた方が彼女のマゾヒズムは満足したのではなかろうか。しかし、彼女はたんなるマゾとは言い切れないところがあった。それが事件を引き起こした。

彼女が働く妓楼に出入りしていた大工が小口末吉であった。末吉は五歳年上の冴えない男であり、教養はなく、大工の仕事も満足にできないくらいに愚鈍な男であった。

しかし、どういう風の吹き回しなのか、よねは末吉を気に入ったと見え、ある日、「活動写真に行かないか」と誘った。最初からよねは積極的であった。

末吉には妻子がいる。美人で若いよねが自分の相手をするとは思えず、当初は冗談だと思っていたが、よねは本気だ。

休みの日に二人は活動写真を観に行くことになるが、よねは最初からそのつもりだったようで、活動写真のあと、自ら末吉を誘って木賃宿に同宿した。二人とも金の余裕はないのだ。

これで末吉はよねにぞっこんとなり、何度かの逢瀬の末、妻子を捨てて、下谷竜泉寺にある牛肉屋の二階に二人で住み始めた。下谷竜泉寺は吉原の隣町で、現在の住所は竜泉。樋口一葉が住んでいた場所として知られる。

ここに末吉の妻子が夫を連れ返しに来たこともあったが、もはや末吉はよねのことしか頭になく、妻子を追い返している。

 

 

ノゾキが好きな末吉

 

vivanon_sentenceよねは拘束時間の長い女中の仕事を辞め、また、末吉は腕が悪くて仕事がなくなったために、よねはおでんの屋台を吉原に出して、末吉は魚の行商を始めた。

傍目には仲睦まじい二人であったが、末吉には変わった性癖があった。ノゾキが好きなのだ。これだけならさして珍しくもないが、そこに付随する性癖が変わっている。

末吉は、魚の行商中に覗く相手を物色する。気になる女がいると、後をつけ、その家の構造に目星をつけておく。

夜、よねが屋台に出てにいる間に末吉は狙った家に出掛けていく。夫婦の営みを覗き、二人が寝静まったあとに家の中に入り、鉄瓶を盗む。鉄瓶だけで、金や貴金属には手を出さない。盗んだ鉄瓶を見て、夫婦の光景を思い出すのである。そのため、二人の家にはいくつもの鉄瓶があったという。

これなら泥棒が入ったとは想像せず、泥棒が入ったと思っても被害届を出されなかったと見え、事件が起きて取り調べられた際に初めて発覚した模様である。

二人が住む下宿屋には吉原の牛太郎も単身下宿していた。牛太郎は客引きや細々としたことをやる遊廓の男子従業員のことである。夕方からの仕事なので、昼間は下宿でゴロゴロしている。

同様に昼は家でゴロゴロしていることの多いよねとこの牛太郎は、米吉が仕事をしている間にいい関係になってしまう。よねは、根っからの好きものだったのだろうが、ことによると、これも計画のうちだったのかもしれない。

 

 

始まりは「小口末吉ノ妻」の烙印

 

vivanon_sentenceやがて二人はおおっぴらに振る舞うようになり、やがてこのことが末吉の耳に入った。

末吉は二人が同じ布団に寝ているところを窓から覗いて確認し、中に入ると男を蹴り飛ばし、男はこれ以来、この下宿に寄りつかなくなった。

よねは「許してくれるかえ?」と末吉に聞き、末吉も愛するよねに逃げられてはたまらないので、許すことになって、元の鞘に収まった。

ところが、よねは「本当に許してくれたのなら」と「小口末吉ノ妻」と焼け火箸で背中に書いて欲しいと頼む。

「そんなことはできねえよ」と拒む末吉だが、よねはどうしても納得しない。

「本当は許していないのかえ」

「いや、許しているさ」

「だったら、やっておくれよ。もう浮気ができないように、あんたの妻だって体に書いておくれよ」

元来愚鈍であり、よねに惚れている末吉は拒みきれなくなる。そこまで自分のやったことを悔い、そこまで自分を好いてくれているのかと末吉はよねが望む通りに火箸を手にした。

学がないため、「妻」という漢字をよねに聞きながら、焼け火箸を背中の右側に押し付けた。肉の焼ける音と匂いで末吉は気が遠くなる思いだった。

しかし、よねの欲望はこれでは収まらず、もう一度書いて欲しいと末吉に請い、末吉は言われるがまま、背中の左側に同じ文字を並べて書いた。

 

 

「マオトコシマシタ」

 

vivanon_sentenceここから、よねの要求は次第にエスカレートしていく。末吉の性癖など比較にならず、よねは被虐性が極端に強い変態であったのだ。

IMG_0810「背中じゃ私が見えないので、腕にもしておくれ」とよねは右腕を上げる。

そこに末吉が文字を書く。ところが、よねは難癖をつける。

「これじゃあ、腕を下げた時に文字が逆になってしまうじゃないのさ。縁起でもない」と今度は左腕を下げて伸ばす。

肉の焼ける臭いが部屋に充満するが、運良く下は牛肉屋である(「牛肉屋」としか書かれていないのだが、牛鍋屋の類だったのかもしれない)。

さらにはよねは背中に「マオトコシタミセシメ」と書いた大きな紙をくくりつけ、末吉と二人で、浅草公園などを歩き回った。羞恥プレイである。これも嫌がる末吉に、よねが強く望んだことだ。

 

 

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