佐藤秀峰の主張を改めて肯定する-ゆるゆる著作権講座 5-(松沢呉一) -2,549文字-
『新ブラックジャックによろしく』9巻が白表紙で出た事情
このあと書くことの輪郭をはっきりさせるため、古い話を蒸し返します。
2010年のこと、漫画家・佐藤秀峰が小学館と揉めて、『新ブラックジャックによろしく』の最終巻が異例の白い表紙で出されました。
権利関係に疎い人たちがこれを批判してましたが、これについては佐藤秀峰が完全に正しい。ここに至るまでのゴタゴタがあり、佐藤秀峰自身、紙の出版に興味を失っていたということもあるのですが、その経緯と背景がどうあれ、彼が言っていることは筋が通ってました。
本人が書いた日記は現在消えているようですので、以下を参照のこと。
カバーイラストは描いても原稿料は出ないし、単行本は出版社の商品であって、僕の商品じゃないので、なぜ他社の商品のために無償で絵を描かなくてはいけないか理解できません。
細かいと言われるかもしれないけど、僕は大事なことだと思っています。
「仕事を依頼したら、対価を支払う」というビジネスの基本中の基本が、漫画業界では守られていません。
ずっとガマンしてカバーを描いてきましたが、矛盾が限界にきてしまいました。
この主張を読んで、「言うべきことをちゃんと言う人だな」と当時感心した原稿を書いています。しかし、少なからぬ人たちは、「漫画家が自分の本の表紙を描くのは当たり前」と思っています。場合によっては編集者さえも。間違ってます。
漫画家やライターが提供しなければならないのは中身の著作物
契約書を見れば歴然としていますが、たとえば私らライターが出版社に提供するのは本の中身となる著作物です。対して、本の製作、宣伝、販売といった商品にまつわる業務を担当するのが出版社です。
私の本が出版され、出版社は本の宣伝のためのイベントを組むとします。サイン会か講演会かなんか知らんですけど、そのギャラを著者は出版社に請求していい。本の宣伝ですから、これは出版社の仕事であり、経費は出版社持ちです。
現実には自分にも印税が入ってくるのですから、「タダでいいっすよ」ということもあるわけですが、当然のこととしてタダでやるべきというわけではないのです。
これも契約書に入っている場合がありますが、著者は宣伝に協力することが義務付けられているだけです。その「協力」は、タダを意味しません。
ミュージシャンも、CDの発売の際に、サイン会をやったり、取材を受けたり、店頭ライブをやったりします。こういう場合、CDショップやメディアからはプロモーションということでギャラが出なかったりしますが、その分、レコード会社が宣伝協力費としてグロスでギャラを払ったり、発売記念コンサートに対して協力費を出すのが正しい。これも予算がなくて出せないってことも昨今はあるでしょうけど、本来はそうすべきです。
昔は私もミュージシャンがCDを出して、どうしてレコード会社がミュージシャンに宣伝協力費を出すのかピンと来なかったのですが、役割分担からしてそうなります。
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