松沢呉一のビバノン・ライフ

マスコミは消費者をきれいに反映している-マスコミの問題は我々自身の問題(松沢呉一)-2,886文字-

「書いたら書きっぱなし」の問題

 

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昔からマスコミ批判として「書いたら書きっぱなし」というものがあります。情報のケアが足りない。あるいはケアがない。

容疑者を犯人扱いしておいて、その後、容疑が晴れて釈放になっていたことや、検察の段階で不起訴になっていたことは小さくしか報道されない。あるいはまったく報道されない。

その結果、逮捕されただけで社会的に制裁されてしまい、前科がついたかように思われてしまいます。久保憲司もそうです。久保憲司写真集『loaded(ローデッド)』 ([テキスト])

クボケンは逮捕されたにもかかわらず、写真集「loaded」は思ったほど売れておらず、出てから1年経ってまだペイラインにも達していないらしい。逮捕されたあとに出たものですから、その頃にはもう逮捕された話題は消費されてしまっていたということもありましょう。逮捕され損。「逮捕されるなら本が出てから」が教訓です。

腐る内容ではなく、寿命の長い本だと思いますが、本は発売から時間が経つと店頭から消えてしまうので、需要があっても売れなくなります。 あとはAmazonが頼り。

このままだと断裁されるので、「もう一回逮捕される」とクボケンは言ってます。その時は買ってやってください。私も買います(買ってないんか)。

 

一億総「書いたら書きっぱなし」の時代

 

vivanon_sentence「書いたら書きっぱなし」のマスコミの問題は、実のところ我々自身の問題です。インターネットによって、それがはっきりしました。

TwitterのRT数、Facebookの「いいね!」やリーチ数、ブログのPVのすべてに共通することですが、タイムリーなネタが圧倒的に強い。「ビバノンライフ」のPVや有料登録者数もそうです。ある程度はわかっていましたが、PVが数十倍、あるいは百倍以上違ってくる現実に直面して当惑しています。

「たった今他者とつながる道具」としての情報が求められているため、いかに重要な内容であれ、いかに面白い内容であれ、たった今話題になっていないと見向きもされない。たった今の情報は拡散されても、訂正の情報は拡散しない。書いたら書きっぱなしになるわけです。なんだよ、結局、マスコミとやっていることは一緒じゃないか。

情報は「いいね」「その通り」「こいつはクソ」「シェアします」と合意しあうための道具であり、そこでは熟考も検証もあったものではない。「リンク先を確認する」「シェアする前に5分考える」「疑問を抱いたら検索して解消する」「それでもわからないことには触れない」といったことさえできない人々がデマを拡散し、ノイズを生み出しています。その点ではマスコミよりはるかにひどい。

Facebookにはシェアする仕組みが搭載されている、つまり利用者は最初からシェアに合意しているのだから、いちいち「シェアします」「シェアさせていただきます」とコメントする必要はないのだし、それをやることでコメ欄が機能しなくなり、相手にもいらぬ手間をかけさせます。その程度の想像もできず、「つながっている実感」を得たい欲求を満たすべく、他者には何ひとつ意味のない自己アピールをする人たち。

「シェアします」「シェアさせていただきます」と書く暇があるんだったら、一度その言葉で検索してはどうか。

【シェアさせていただきます!】FacebookやTwitterで使うと嫌われる言葉

これを学習したところで、その人物の考え方、生き方までは改善されないですけど、これを契機に自分の問題に向き合った方がいいと思います。

 

曽野綾子の原稿を擁護する出版社を支えるのは消費者

 

vivanon_sentence「ネットがあるんだから、もう雑誌も本もなくていいべ」と言ってきた私ですが、「ビバノンライフ」を始めてつくづく紙媒体は必要だと実感していますし、私はネットに向いてないとも思います。

今さら何を言っているんだという話ですけど、「今話題の」にすぐさま反応ができないのです。ついつい調べたり、考えこんだりしてしまう。Facebookで「いいね!」をするために丸一日かかったりします。長らく紙媒体、もっぱら月刊誌でやってきたことの癖もあるんでしょう。

単行本はタイムリーじゃなくても、じっくり読ませることができる媒体です。もちろん、タイムリーな方が売れますけど、数が少ないなら少ないなりに売り方がありますし、タイムリーに見せかけた作り方もあります。本はタイムリーじゃなくても、逮捕されるなど、著者がタイムリーになる方法もあるわけです。

ネットはネットの利用価値があるとわかりつつ、私はそっちに向いていると思わざるを得ません。最終決定はしていないのですが、この「ビバノンライフ」も、単行本の話がちょっとずつ進んでいて、先日の打ち合わせで編集者に聞いて愕然としたことがあります。

文章が下手くそな曽野綾子の本はボチボチ売れるんですってよ。だから、出版社はあんな原稿でも恥を捨てて擁護するわけです。売れない書き手であれば切り捨てておしまい。動機はゼニです。それを支えているのは消費者です。

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