松沢呉一のビバノン・ライフ

米国のみでヒットした江利チエミの「ゴメンナサイ」-日本における黒人差別 1-(松沢呉一)-3,036文字-

 ハリー・ベラフォンテ「ゴメンナサイ」から聞こえてくるもの

 

vivanon_sentenceでは、この辺で曲を聞いていただきましょう。

「バナナ・ボート」のヒット曲でお馴染み、ハリー・ベラフォンテの1953年のヒット曲「ゴメンナサイ」です。

 

 

 

ハリー・ベラフォンテは「バナナ・ボート」でブレイク。それがきっかけで来日公演も実現しているのですが、この曲はその2年前。

「ゴメンナサイ」はその当時ならではの経緯で制作され、海を渡ることになります。作詞したのはメイヤーズという在日米軍兵士。これに曲をつけたのはレイモンド服部

こちらによると、進駐軍の内部で流通するレーベルが存在していたらしい(時期からすると、すでに進駐軍ではなかったかもしれませんが)。そこからリリースされたのが最初の「ゴメンナサイ」のようです。

この盤とは限らないのですが、基地では「ゴメンナサイ」がよく流れていたらしい。知恵袋の以下の質問もそのことを物語ります。

 

 

1950年代の流行歌で歌詞に「ゴメンナサイ」がある曲を知りませんか?アメリカの友人の友達の父親が重病で寝込んでいるそうで、1950年代に在日米軍にいたらしく、その時に流行っていた歌謡曲?の歌詞の「ゴメンナサイ」というパートを歌うそうで、その曲を何とか探してほしいと頼まれました。1950年代に流行った日本の曲で歌詞に「ごめんなさ い」が出てくるものを思い当たる方がいれば誰のどういう題名の曲か、教えてください、当人の命の灯が消える前に何とか曲を届けたいので、よろしくお願いし ます。

知恵袋

 

 

レイモンド服部はこの曲をアメリカで権利をウォルト・ディズニー系列の音楽出版社に譲渡し、何人かの競作になります。そのひとつがハリー・ベラフォンテ盤。おそらく企画物のレコードに、歌のうまい無名の歌手として起用されたのでありましょう。

以下は日本でも発売されたリチャード・パワーズによる「ゴメンナサイ」。

 

 

 

 

江利チエミもカバーを出しております。1953年(昭和28年)、江利チエミは渡米して録音し、米キャピトル・レコードから発売されてヒット。ところが、日本では当時発売されませんでした(デビュー30周年記念盤「ナイス・トゥー・ミート・ユー! 」で新録されたのが国内初リリースらしい)。ナイス・トゥー・ミート・ユー! チエミ・エリ~30thアニヴァーサリー記念盤

この曲は米国人の男が日本人の女に向かって軽い調子で謝っている設定のため、占領から解かれたとは言え、米軍への遠慮がなおあったのか、放送禁止だったようです

日本が独立して以降、占領軍の検閲がなくなり、占領下の問題、あるいはそれ以前からの問題がさまざま表面化してきておりました。原爆についての正確な情報が公開され、RAAについても雑誌に掲載されるようになり、進駐軍による強姦事件や混血児の問題が次々とクローズアップされていったわけです。

そんな時に「ゴメンナサイ」とヘラヘラと謝っている場合ではない。放送禁止処分は、国内感情への配慮もあった模様。それを歌ったのが日本女性の江利チエミであったのは皮肉です。

 

 

ラッツ&スターの黒塗りは中止に

 

vivanon_sentenceこのところ、渋谷区の「パートナー条例」について書いていたわけですが、ちいとも盛り上がらず。パートナー条例についての一連の記事はアクセスが全然ない代わりに、ここ数日、アクセスのトップは「ラッツ&スターの黒塗りとミンストレル・ショー-差別的表現再考 4」です。

「ミュージックフェア」で黒塗りシーンがカットされたことを受けて検索する人たちが多いのでしょう。

 

 

『お詫びと訂正』

皆さんにお知らせしていたミュージックフェア
出演しないことになりました
ここにお詫びと訂正をさせていただきます
申し訳ございません m(_ _)m
桑野信義

桑野信義&MASA「ボクらのじゆうけんきゅう」

 

 

テレビであれをやったらさらなる批判が殺到し、国際問題にもなりかねないことをテレビ局も気づいたってことかと思います。

放送されなかったのはいいとして、メディアの、そして視聴者の学習機会が十分に活かされたのかどうかは疑問です。

「ラッツ&スターの黒塗りとミンストレル・ショー-差別的表現再考 4」に書いたように、テレビでは無理だとして、場や方法を選択することで、黒塗りは可能だと私は思っていたりします。実際にミンストレル・ショーをやってきた文化圏とは違い、私らは、その歴史を共有してませんので。

しかし、まったくの無関係とも言えず、彼の国の黒人差別を支える意識を共有してしまっていることを否定はできません。「アメ公は、勝手に黒人差別をやってきて、自分たちの作り出してきた黒人の記号をもって、他国の表現にまで口出ししてんじゃねえよ」とは言い切れないわけです。

そのことを改めて知るいい機会でもありました。その機会をテレビもラッツ&スターもやらないのであれば、せめて「ビバノンライフ」ではやっておくとしましょう。

 

 

日本人もまた黒人を差別したことを忘れてはいけない

 

vivanon_sentence米国内の人種差別は軍隊を通してそのまま日本にも持ち込まれています。占領軍がいた時代、つまり、ミンストレル・ショーがなお完全には消えていなかった時代に、その差別意識を日本も共有していたのであり、それをなかったことにしてはいかんです。

 

 

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