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松沢呉一のビバノン・ライフ

桃色・ピンク濫用の時代-桃色探訪 第二部-戦後編- [ビバノン循環湯 64] (松沢呉一) -5,255文字-

2015年04月16日18時30分 カテゴリ:ことばエロメディアエロ雑誌カストリ雑誌ビバノン循環湯連載桃色・ピンク


戦争とともに消えた「桃色」-桃色探訪 第二部-戦前編 3の続きです。

書影がきれいに揃わず、あるものを適当に貼り付けてます。そのため、本文に出ている雑誌とは関係のない図版が入っていたりしますが、気にしないでください。

 

 

カストリ雑誌に見る桃色

 

vivanon_sentence戦後になると、「桃色遊戯」が復活したのみならず、あらゆる「桃色」がカストリ雑誌に溢れだす。「桃色草紙」「桃色読物」といったように、雑誌のタイトルにも使用され、見出しや本文にも濫用されており、昭和20年代の流行語と言ってもいいほど。IMG_6975

また、地下本でも、『』『桃色』『桃之林』『古今桃色大全』『桃源荘聞書』『桃色の鬼』『桃園』といったタイトルのものがある(地下本は奥付がないため、時代の特定が難しく、以上は戦後間もない時期のものではないものが含まれている可能性あり)。

では、具体例を見ていこう。

桃色競艶録」(創生社・昭和23/1948年2月発行)というB6のカストリ雑誌がある。表紙には号数記載がなく、タイトルしかないために雑誌には見えないのだが、奥付には「実話小説特集 第二回」とあるので、雑誌なのだろう。創生社というのは大阪の出版社で、この年に「3面記事」というカストリ新聞を発行している。

この「桃色競艶録」には「わが輩はチンである」で始まる「チンのたわ言」という小説などが掲載され、全編エロ。まさにこのタイトルにある「桃色」は「エロ」ってことだ。

綺譚雑誌」(新実話新聞社)昭和24年9月号に「処女を盗まれた娘達ばかりの座談会」と題した座談会が掲載されており、その一人は新宿駅構内をショバとする十八歳の不良娘。この頃は駅構内を溜まり場にする不良たちがいたのである。彼女はここで知り合う男たちとホテルに行っており、他の座談会参加者から「集団桃色学生」と言われている。ここでは「桃色遊戯」をする学生たちという意味。

ナイトクラブ」(緑光社)創刊号(昭和24年7月発行)には白井次郎「妖夢桃色ホテル」が掲載されており、これはホテルを舞台にしたエロ話。疑うところなく、エロの桃色である。

アベック」(アベック社)第二巻第六号(昭和24年6月発行)に掲載された奥野椰子夫「桃色のセロファン」はタイでの体験談。タイのキャバレーで股間を透明のセロハン紙で覆っただけのダンサーたちが登場。著者はその中の一人を連れだしてお茶を飲んだ。その時のマロングラッセがおいしく、持ち帰ろうとしたのだが、包むものがない。と、ダンサーはバックの中からセロハン紙を出し、筆者はそのセロハン紙を大事に日本に持ち帰ったという話。

ここでの「桃色」はセロハンの色ではなく、エロの意味だろう。なお、この筆者はコロムビアの歌手である。

 

 

淡いエロを意味する「桃色」

 

vivanon_sentence

ここはさらに調べていかないとはっきりしたことは言えず、あくまで現時点での推測なだが、戦前に比べれば性表現が自由になりつつも、昭和21年(1946)、 カストリ雑誌「猟奇」の摘発以降、刑法175条による取り締まりが強化され、「淡いお色気」である「桃色」が露骨なエロを緩和させる言葉として使用され出したのではなかろうか。

売るためにはえげつないエロをやりたいが、摘発は怖い。そこで、「それほどのもんじゃないですよ」という意味合いを込めての「桃色」で ある。戦前と同じ。この段階ではなおそういうニュアンスがいくらか感じられる。

しかしながら、その用法が乱発されることによって、次第に「淡いエロ」という古い意味が薄れていって、エロ総体を意味する言葉に自然にスライドしていく。

変態草紙」(蒼空社)昭和28(1953年)10月発行号の目次から、「桃色」が使用されているタイトルを抜き出してみる。「桃色銀座五人娘」「桃色団体紹介 『青髭グループ』の正体」「桃色団体紹介 老いも若きも桃色倶楽部」「デカメロン 桃色常設館」といった具合。さらには替え歌のページに「水色のワルツ」をもじった「桃色のワルツ」という曲が出ており、本文でも乱発されている。

この雑誌は、この時代に主流だったB6サイズのエロ本。この頃は「夫婦雑誌」が売れていて、こういった粗製エロ雑誌は着目されることがなくなっていく。特にこの雑誌は「桃色」が多いとは言えるが、この時期の雑誌で「桃色」という言葉が使用されている例を探すのは至って容易、エロIMG_9166系の雑誌であれば使用していないのはないかもしれないくらいの使用頻度である。それとともに、戦前の「淡いお色気」というニュアンスは消えていく。

例えば連れ込み旅館を「桃色旅館」、連れ込みホテルや売春ホテルを「桃色ホテル」としてあって、これはストレートにセックスの意味。エロ出版総体を「桃色出版」と呼称した例、エロ映画を「桃色映画」と称した例もあり、まさに「エロ」という言葉そのものであり、すべて「エロ」と置き換えてもなんら支障はない(この時代、「エロ」という言葉もよく使用されているが、この言葉は昭和初期にも多用されている)。

また、上のタイトルの中に「老いも若きも桃色倶楽部」とあるように、「若い世代」に限定する意味合いも薄れている。

 

 

桃色からピンクの時代へ

 

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この時代のことだから、一方で英語も濫用されていて、その名も「ピンク」というカストリ雑誌が昭和23年(1948年)に東京と大阪で二誌出版されている(当時は同タイトルの別雑誌がよく出ている)。

しかし、この時点で「ピンク」が明確なエロの意味で使われていたとは断定できず、記事タイトルや文中で「ピンク」をエロの意味で使用している例は見あたらない。やはり「桃色」なのである。カストリ雑誌が二誌もタイトルで使用しているのだから、そういうニュアンスがまったくないわけではなかろうが、まだ「桃色」ほどは使用されていない。

 

 

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