松沢呉一のビバノン・ライフ

闇としか表現できない物書きの限界-『東電OL殺人事件』を斬る 4-[ビバノン循環湯 61](松沢呉一)-6,713文字

「佐野眞一の闇-『東電OL殺人事件』を斬る 1」

「ベンツで出勤する風俗嬢-『東電OL殺人事件』を斬る 2」

「偶然に意味を見出す無意味-『東電OL殺人事件』を斬る 3」

の続きです。

 

 

 

セックスをしたいからセックスをするだけ

 

vivanon_sentenceしょうこちゃんの言葉から、「セックスが好きだからやりまくるのだし、風俗嬢にもなる。風俗嬢は淫乱」なんて見方をするのがいそうだ。男社会で形成された「セックスが好きな女ははしたない」という蔑視が風俗嬢蔑視と通底することを照らしてみせる見方である。佐野氏の文章に満ち満ちている売春婦蔑視と、それに張り付く欲情とでも言うべき好奇心もまたこういった構造によって生み出されたものだろう。

しかし、しょうこちゃんの言葉をよく読んで欲しい。彼女はもちろんセックスが好きだが、セックスに関しては、なんでもかんでも簡単に忘れるように、その程度のものだから、気楽にやれるということでもある。女のセックスは金銭では交換できないくらいに崇高で重大なものだと社会が押しつけてきた価値観をこうもあっさり、こうも颯爽と無化することを堕落としないではいられない人たちがいるわけだ。IMG_6750

東電OL殺人事件における報道に対抗するために佐野氏が真っ先にやらなければならなかったのは、このような思い込みに向き合うことであった。ところが、佐野氏は、自分自身に内在している手垢のついた固定観念を微塵たりとも疑わず、人権派の揶揄程度で自分の優越性を見せられると思いこんだために、当時の報道と同じところに立ち、なおかつ当時の報道に輪をかけて卑劣なルポを作り出してしまった。

しょうこちゃんがさらに偏差値の高い大学に通っていたとしても、たぶん彼女は同じように行動していたろう。この先、いい会社に就職したとしてもなお休みの日にバイトで風俗店で働くかもしれない。そういう例もまたよくある。

しかし、彼女が大学生という、守る場を持っていなかったなら、雑誌で顔を出していたかもしれない。学生だったり、OLだったりが、バイトで風俗嬢をやる場合は、雑誌に出ることをためらいがちになるのは当然。結婚している場合も同様で、失いたくない場をもっていればいるほど慎重になる。

このときに、「慶応大学にまで入ったのだから」として、風俗仕事をためらうのもいようが、慶応であろうが、東大であろうが、「バレて退学になるならなればいい」という程度にしか、大学生であることに価値を置かないのもいる。「大学は卒業したいが、金は欲しいし、風俗という仕事は面白い」として、働きながらバレない工夫をするのもいる。その判断はいろいろ。

佐野氏がああも「心の闇」を設定しないではいられなかったのは、彼にとって、慶応大学を卒業し、東京電力に入社できたことは、決して失ってはならないくらいの価値があるものという価値観が拭いがたくあったためでもあろう。街娼なりホテトルなりと比較にならず東京電力の社員であることは価値があると信じて疑わないから、佐野氏の中に「なのになぜ」が生じる。

佐野氏の見方は徹頭徹尾俗物のそれであり、だからこそ、広く一般にも受け入れられるのだろう。

その「なぜ」を埋めるために、しょうこちゃんのように、セックスを数々している存在に出会うと、特別な家庭に育ったとか、特別な体験をして、それがトラウマになっいているとか解釈しないではいられない人がよくいる。そういうこともあるにはあるが、たいていの場合、ただ、セックスに雑念がないだけである。「セックスをしたいから」「セックスをしてもいいから」でセックスをするのだ。

 ※百軒店入口。写真を見て気づいたが、鳥居のように見える。

 

 

男と同様、女もさまざまであることを認めよ

 

vivanon_sentence女が性的行為を積極的に行うことを蔑視している人は、それを選択するには、よっぽどの理由が必要と思う。しかし、そうではない女たちは、たかがその程度でセックスをする。風俗嬢という仕事をとことん蔑視している人は、風俗嬢という仕事をするには、よっぽどの事情があると思うが、たかが「その仕事をしたいから」働くだけである。

その意味は個人によってさまざまで、しょうこちゃんのように、大金が欲しいのでなく、毎日働かなくてもいい仕事としてヘルス嬢になる。あるいはベルちゃんのように、寂しさを癒すためということもある。どんな仕事についている人もそうだと思うが、自分に与えられた選択肢の中から、収入の多いか少ないか、その仕事自体が好きか嫌いか、自分に向くかどうかで選択する。

男子従業員だって今や大卒は少しも珍しIMG_6642くなく、東大出身者で吉原のソープで働いたのは複数いると聞いた。

上智大を卒業し、大手商社を経て、吉原のソープで社長をやっていたのもいた(現在は、風俗の周辺産業に従事している)。

横浜のヘルスで店長をやっていた早稲田の現役大学生もいた。彼は相当の切れ者で、現在は札幌の複数の店舗を任されていて、札幌に行く際に、学校を辞めている。

彼が店長をやっている札幌の店には、倒産した北海道拓殖銀行で働いていたヘルス嬢もいて、彼女の妹も同じ店で働いており、二人でヘルスを経営するのが夢(その後、辞めたが、夢は実現していない模様)。

男らはさまざまな事情でこの仕事を選択する。失業してたまたま新聞広告で募集を見たのもいれば、サラリーマンでは返済不能の借金を抱えたのもいる。短期で金を溜めて海外旅行に行くのもいるし、実力本位のこの世界を気に入って脱サラするのもいる。

女たちも同様ということなのである。いくらいい大学に行っていても、いくらいい会社に勤めていても、金銭的な事情が出てくることはある。大きな目標があるわけでもないが、同じバイトをするなら効率のいい仕事をしたいというのもいれば、日常生活では出しにくい性的な欲望を満たすのもいる。

従業員と違い、風俗嬢らは短時間の勤務が可能なため、兼業組も多い。特に看護婦は一軒に一人というくらいによくいる。勤務が不規則なので、他のアルバイトができにくい。OLで言うと、百貨店などの店員も多い。こちらは終業時間が決まっているため、平日の夜でも働きやすいのだ。不規則でも、規則的でも、風俗嬢をやる理由になるってわけだ。

保険会社、テレビ制作会社、予備校教師、雑誌のライター、モデル、ナレーター、服飾デザイナー、受付嬢など、私が直接知っているだけでも、その範囲は多岐にわたる。もちろん主婦は今や最大の風俗嬢の供給源である。

この事実に驚く人は、客のことを考えてみるといい。公務員であろうと、政治家であろうと、学校教師であろうと、芸能人であろうと、一部上場企業の社長であろうと、客になる。単純な射精のためもあろうし、特にSMで顕著だが、妻には見せられない欲望をもっている人もいる。特に性的というのでないストレスの解消や愚痴の発散というのもいる。男らがそうしたところで、社会的な批判はそれほど浴びず、蔑視もそれほどはされない。だから、学歴や所属する会社や地位が、風俗産業の客になるか否かにおいてはさほど大きな障害にならないだけのことである。

女の場合は、客になろうとも、女性が買春する場があまりに少なく、情報も少ない。そのくせ、その行為がばれたときに失うものが大きすぎる。また、テレクラのように、タダでできる場もあるが、一方で、女性の性は商品化されやすいため、「同じことならお金をもらってやった方がいい」ということになりやすい。

すべての女たちがそうだというのではないが、少なからぬ女たちにとって風俗は、心の闇などなくとも選択できる仕事であることをさらにわかっていただくために、もう一人、話を聞いてみることにしよう。

※こちらは本物の鳥居。円山町の中川稲荷。

追記:早稲田の現役学生時代に店長をやっていた人物はその後同系列の福岡支社長になった。切れ者である。

 

 

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