知られざる魔窟・竹の台会館-ノガミ旅行記 [3]-(松沢呉一)-5,448文字
好きでやっている女たち
言葉ができない外国人お断りの千鶴さんにとって、イラン人専門街娼はライバルではなく、敵視はしていないが、どこか軽蔑しているようなニュアンスも感じられる。イラン人相手だからではなく、どうやらイラン人相手の街娼は、ビジネスに徹していないのが多いようだ。つまり、イラン人たちがクスリやテレカを売った金を持っていることが魅力なのでなく、男として彼らを好く女たちがいるのだ。
プロ意識のないことが蔑視の根拠になる。
「やっぱりイラン人は大きいから(笑)。大きいの食べちゃえばねえ、日本人じゃ物足りなくなるんでしょ。広島出身の女でもいたわよ。三十歳くらいだったかしらねえ。映画館の脇の暗がりで、こうやってパンツをパーッと脱いではヤッてたわ。これがまあまあきれいな女なのよ。あの女は好きでやっていたから、ご飯でも食わせてくれればいいのよ。セックスが好きで好きでしょうがないんだから。そんなのいくらでもいるもん。いつも入れてもらわないと我慢ができないようなのがいるのよ。ちょっと頭がおかしいんじゃないかっていうようなのが」
この数日前にも、ポルノ映画館から十メートルほど離れた路上で、明らかに頭のイカれた女が、何か独り言を言いながら、フラフラしていた。
「ああ、あれね。歌ったり踊ったり叫んだり泣きわめいたりしている女でしょ。顔が汚れて真っ黒でさ。あの女も、イラン人とヤッていたんだけど、やりすぎちゃって頭おかしくなったの。浅草と上野を行ったり来たりしているみたいね。あの女は毛ジラミを持っているから、気をつけた方がいいわよ」
毛ジラミがいなくても、とてもやろうと思わない。千鶴さんは、私をなんだと思っているんだろ。
「あれだって買う男がいるんだからね。でも、あの女は、よく見ると、日本人じゃないみたいな彫りの深い顔をしているのよ」
確かにそうだった。顔をしっかり洗って化粧して、きれいな格好をすれば、もう少し何とかなるかもしれない。おそらく四十代半ばだろうから、上野じゃまだまだイケてる年代だし。
「一時、公園の中で、いつも毛布こうやってかけていた女がいたんだけど、あれも頭がおかしかった。“五百円でもいいからお金ちょうだい、尺八すっからさ”って。あとは、あそこの生命保険会社のすぐ横にいつも段ボールを敷いて寝ている女。あれだって、売っているんだと思うよ。お巡りがよく覗きこんでいたんだけど、お巡りも最近なんにも言わないわ。話が通じないんだと思うよ。もう施設かなんかに入れられたんじゃないかしらね。でも、あんな生活しているのに、こぎれいにしていてね。寝るときは寝間着に着替えているんだから」
私よりまともな生活かも。
「でも、あんなに人がいっぱい通っているところで生活しているんだもの、まともじゃないわ」
なんて話をして歩く我々の横には、花見客が歌を歌い、酒を飲んでいる。すぐ近くにいる人達なのに、彼らの現実感が薄れ、今や、パンパンのオバサンたちこそが生きているような気分に私は浸されつつあった。
擂鉢山はハッテン場
やがて上野公園のど真ん中に我々は到着した。周辺より小高くなっている場所がある。
「あれが摺鉢山」
噂には聞いていたが、ここがそうか。ハッテン場として、つとに知られる場所である。
前に孝子さんがこう説明していた。
「あそこに行ってみな。ウロウロしている男なんてみんなホモだから。くわえてもらいたくてオチンコ出してね、アンタ、入れてもらいたくてお尻出しているんだから。木がこんな風になっていて(と手振り)、その横がトンネルになっていて、とにかくホモはね、雨が降ったって、雪が降ったって、寒くたって、いるのよ。アタシは必要ないから行ったことないけど」
孝子さんたら、見てきたようなことを言うんだから。もちろん、孝子さんが得意の「脚色」が相当混じっている。
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