松沢呉一のビバノン・ライフ

クラウドファンディングを検証する 2-厄介な「レイシストカウンター」批判 7(松沢呉一) -3,177文字-

本筋は権利侵害にあり-厄介な「レイシストカウンター」批判 6」の続きですが、中身は「クラウドファンディングを検証する 1-厄介な「レイシストカウンター」批判」に登場した映画関係者との対話の続きです。

 

 

批評とは別レベルで生じる問題点

 

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映画のレベルが低いことはわりとどうでもいい。それが常識を超えていてもいいと思います。しかし、モラルに反する手法をとっている映画が金を集めてしまったとなると、別の問題を生じます。これは映画批評とは別次元の話です。

本を出すためのカネ集めをして、3千円カンパした人のところにやがて本が送られたきたとしましょう。その内容が自分が期待していたレベルに達していなかったら、批評として内容をボロクソに言うことはいいとクラウドファンディングで夢をかなえる本して、「金返せ」ということにはならない。酷評のフレーズとして「金返せ」とは言えても。「金返せという話ではあり得ないが、そこまで言わないではいられないくらいにひどい」という表現。

しかし、コピーで作った4ページの「本」が送られてきた場合、さすがに「金返せ」ということになります。あるいは、本の体裁はしていても、中身が別の人が書いたものだったら「金返せ」と要求するのは当然でしょう。

では、「レイシストカウンター」のクラウドファンディングはどうか。以下は「レイシストカウンター」封印が発表される前に、映画制作に携わる人物に聞いた内容であることをお断りします。その後、著作権侵害があったことは確定していますので、その点、考慮のこと。

これについては意見が分かれる部分がありましょうし、夢物語だけが強調されがちなクラウドファンディングの負の部分を見るいい機会なので、映画関係者のみならず、議論を深めていくのがいいのではないでしょうか。

 

 

他人の映像を使用することのモラル

 

vivanon_sentence「クラウドファンディングを検証する 1」の続きです。では、「レイシストカウンター」には「金返せ」に該当するほどのモラル違反があるのかどうか。

まずは監督が撮っていない映像が多数使われていることについて。

 

「ありものの映像を使うこと自体は批判できないし、正当な手続きを踏んでいる限り、それ自体を批判されるケースは聞いたことがない。そういう映画はいくらでもあります。あるテーマで映画を作る場合、過去の映像は撮りたくても撮れない。言葉で説明するか、再現するか、借りてくるしかないし、その映像自体がテーマになることもあります」

—しかし、「自分で撮る手間はかけたくないけど、キャッチーな映像が欲しい」という事情だけが借りる理由になっていた場合はどうか。

「難しいですけど、どういう映像の著作権 (ユニ知的所有権ブックス)目的であれ許可をとっていれば使っていいんじゃないですか。そう思ってしまうのは、それもまた決して楽なことではないことを知っているからかもしれない。映画で他の映像を使用する許可をとるのってものすごく大変なんですよ。とくに海外のものや古いものだと権利者を探すだすだけで苦労します。権利者がわかればいいですが、時間をかけても結局わからなくて徒労に終わる。やっと探したと思ったら、権利が複数の人や会社にまたがっていることがわかって、また別の人と交渉をしなければならない。著作権をクリアしても、今度は肖像権がひっかかってくることもあるし、音楽もひっかかってくる。とんでもない金額を請求されて諦めるしかなかったりもする。面倒くさいことが予想できるものについては最初から使おうと思わない。自分で撮れるもんなら撮った方が早いですから、必ずしも安易とは言えないと思います」

— えーと、ムニャムニャ。遠からず明らかになるので、法的な問題はここでは置くとして、「レイシストカウンター」では、それが借り物であることの明示がなされていない。だから、この映画を褒めている人はたいてい借りてきた動画を褒めています。だったら、家でYouTubeを観てればいいのに。

「そこはケースバイケースだし、受け取り方に個人差が相当ありそうなので、なんとも言えないなあ。引用で使用しているんだったら、そこを混同することはないわけですけど、そういう扱いをしていいと許可を得ているんだったら、それもまたありじゃないですか。その映画の表現にすでになっているんだから、そのことに気づいていない人たちは勝手に感動して涙を流していればいい。それを他の人が“騙されているぞ”というのもヘンですよね。それを知ってガックリしたとしても、“金返せ”という話ではないと思います」

権利者が「どこからどこまでが私のものなのか明示していなくてもいいですよ」と言ったとしても、なおモラルとしての問題は残ると思うのではありますが、たしかに「金返せ」という話ではないかも。

 

 

宣伝物と内容の不一致

 

vivanon_sentence続いてはろでぃーさんの写真の扱いについて。

 

—もう一点説明をしておくと、このページで使用されている写真は、カウンターを撮り続けている島崎ろでぃーさんの写真で、映画用のスチールとして撮られたものではなくて、こういうシーンが 映画にあるわけではないんですよ。映画でもこの写真がそのまま出てくるだけ。最後の最後で急遽ろでぃーさんに頼んで使うことになって、以降、外に出 している写真はほとんどすべてろでぃーさんの写真。

 

 

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