ピンク物件巡り-桃色探訪 第三部 前編-[ビバノン循環湯 70] (松沢呉一) -3,536文字-
ここまでのおさらい。
「看板のピンクはエロの色・下着のピンクは子ども色-桃色探訪 2」
「ふたつの「桃色」が共存した頃-桃色探訪 第二部-戦前編 2」
「戦争とともに消えた「桃色」-桃色探訪 第二部-戦前編 3」
ここから「桃色探訪」の第三部です。もともとの原稿は、各地を歩きながら「ピンク物件」を探し、その傾向を見ていくものだったのですが、ここではその結論部分だけをまとめています。
ピンク物件を探す
桃色の歴史がわかってきて、今度は、現実に日本でどうピンクが使用されているのかを調べ始めた。
ピンクがエロになったことが日本の色使いにどう影響しているのか。これを知るためには建物や看板などの色を見るのが手っ取り早い。これを私は「ピンク物件」と呼んで、探し歩くのが趣味になった。
ここで一点注意。「ピンクの建物がある」と聞いて行ってみると、ピンクではなく、薄い小豆色や薄い紫で、ガックリすることがたびたびある(右の写真はピンクに見えてしまうが、実際にはサーモンピンク)。
「どこからどこまでがピンクか」「ピンクと桃色は同じか」など、色の定義の問題があるのだが、これが非常に難しい。国によって、文化によって、あるいは個人によっても、色が指し示す範囲が違っているため、誰もが納得する色の定義を示すことは不可能に近いので、私は私の勝手な感覚を基準にしている。私にとっては薄い小豆色や薄い紫色はピンクにあらず。サーモンピンクもピンクにあらず。しかし、ショッキングピンクや桜色、つつじ色はピンクである(厳密には桃色と桜色は別の色)。以下、そのようなものとしてお読みいただきたい。
ピンクバレスとラブホテル
ハワイの「ピンクパレス」ことロイヤル・ハワイアン・ホテルのように、海外では、ピンク色のホテルは珍しくない。しかし、日本のホテルでピンクを使用するのは稀だ。これはやはり「エロの色」を避けるためだと思われる。
例外もあって、池袋にあるホテルは全体がピンクだ。山手線からも見えるが、ここはラブホテル。
ラブホテルも、かつての「いかにも」の外装は避けられるようになっていて、ピンクのラブホは決して多いわけではなく、看板やネオンなどに使用されている程度だ。しかし、池袋のこのホテルはラブホ街から離れており、建物の意匠もそれらしさを主張していないため、利用者がすぐにそれとわかりにくい。そこで、色でラブホであることを表示したのだと思われる。ベタである必然性があるのだ。
そのような意図ではなく、ロイヤル・ハワイアン・ホテルを模倣しただけかもしれないが、利用者はそうは受け取らない。ラブホだからピンクと納得してしまう。
これだけ強いピンクとエロの結合の中で、なおピンクを使う物件は他にどんなものがあるのか見ていこう。
医療のピンク
まずは医療関係。医療ピンクの例を探すのはいたって容易、町内にひとつは見つけることができる。ピンクのナース服があるくらいで、医療ピンクはすでに確立されたものと言っていい。
なぜピンクは医療を示す色となったのか。
救急車のサイレンは赤だし、赤十字も赤。しかし、赤は「緊急」「警告」の意味合いがあり、かつ血をイメージするため、安心を求める患者としては避けたい色でもある。そこで赤を和らげてピンクになったのではないかと推測しており、病院、歯科医、看護学校、薬局などの建物、看板ではピンクが多用されている。
続いてのピンク物件は、「(若い)女性」という本来の意味合いに則ったもの。すでに述べたように、ピンクは欧米ではしばしば女性を意味する色であり、日本でももともとそういう意味があった。
女性専用車輛を示す表示はことごとくがピンクだし、女子トイレもたいていはピンク。女子校やバレエ教室、女子専用マンションなどでもピンクの建物がある。
ピンクの看護学校はこの意味にもほぼ合致している。この延長で美容院やエステの看板もピンクが多い。
日本では紅白歌合戦や運動会で、紅白を男女の別とする例があるが、これは祭りの場限定。厳密には赤と白男女ではない区別を意味するものだと思われる。
また、白は風景に埋もれてしまい、赤は緊急の色になるので使いづらい。そこで、多くの場合、男子用はブルー、女子用はピンクになっている。
もうひとつのピンク物件は桜や桃に因んだもの。たとえば「さくら」という一杯飲み屋があったら、どうしたって暖簾や看板、提灯のどこかにピンクを使いたくなる。花見の時の提灯も最近はピンクが使用されている。
都内に、サクラハウスという外国人専用のゲストハウスがいくつかあって、ここは建物の色がピンク。日本のピンクの建物は「うっすらと淡いピンク」になるが、ここは鮮やかなピンクで、非常に目立つ。日本人なら顔を赤らめかねないが、彼らはそれがエロの色であることを知らないため、土地勘のない利用者にとっては、日本で珍しいピンクの建物はかえって都合がいい。
日本人対象であっても、古い建物をどピンクにして客を呼び込もうとしている例はあるが、そもそもこれはピンクの物件が少ないことを逆手にとったものだろう。目立てるのである。
考えてみれば、桜は日本を代表する花であり、ああも桜を歌った曲がヒットしているのだから、桜色の建物が日本中に溢れていてもいいはずなのに、そうはなっていないのは、やはり「エロの色」が障害になっているためではなかろうか。
東京でもっともピンク物件の多い街
大きなビルの多くは、まさに色がつかないように、白、グレー、クリーム、薄茶系の壁の色になっている。その方がテナントを限定せず、広く使用されることが期待されるためだ。色をつけたい場合は看板でやる。その看板を生かすためにも、壁は主張がない方がいい。
その点、個人経営の小さなビル、店舗、アパート、民家はオーナーの趣味が反映されやすいため、ピンク物件を見つけることが可能。十分も歩けば一軒くらいは見つかる(右は目黒のピンク物件。オーナーが一緒なのか、ピンク物件が集中するピンクマニアの聖地)。
まずこれを踏まえていただいて、東京において、もっともピンク物件の多い地域はおそらく新宿二丁目と世田谷の梅が丘である。
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