松沢呉一のビバノン・ライフ

ドイツの苦悩-朝日新聞を添削する 9-(松沢呉一) -2,614文字-

大阪市の条例とFacebookの規約-朝日新聞を添削する 8」の続きです。

 

 

民衆扇動罪の限界

 

vivanon_sentenceヘイトスピーチ規制法のある国でも、難民に対する誹謗中傷については苦慮しています。難民に対するFacebookの書き込みについては、ドイツ法務省とFacebookが連携して対抗するという記事が出てました。しかし、それからさほど日を開けず、ドイツの検察は、差別的投稿に対するFacebookの対応の悪さが民衆扇動罪に該当するのではないかとの疑いで捜査を開始したとの記事が続きました。

結局、当局としても直接書き込みを取り締まることを避けたいのだろうと推測できます。実際、難民に対するドイツ刑法の適用は微妙です。

刑法で定められている民衆扇動罪の該当部分は以下。

 

130条(民衆扇動罪)

一 公共の平和を乱す方法で、次の行為をした者は3ヶ月以上5年未満の自由刑に処する

1 一部住民への憎悪を煽り、あるいはその人たちに対する暴力的、または専断的措置を促すこと
2 一部住民を侮辱し、悪意をもって軽蔑し、あるいは中傷することで、他者の尊厳を攻撃すること

二 一部住民、あるいは民族的・人種的・宗教的、またはその民族性に規定された集団に対する憎悪を煽り、彼らへの暴力的または専断的措置を促すか、一部住民あるいは上述の集団を侮辱し、悪意をもって軽蔑し、あるいは中傷することにより、他者の尊厳を攻撃する文書を準備・配布した者は、3年以下の自由刑又は罰金刑に処する

 

「悪意をもって」とあるので、発言者の意図を要件としています。悪意なき言葉がヘイトスピーチだと認定されることはないわけです。

この法律では、表現の場はとくに制限されていないようなので、インターネットにも適用されるはず。しかし、たとえば難民の民族、人種、宗教を取り上げている場合は別にして、難民それ自体を対象とするだけではこれに該当しないように読めます。他の難民ではなく「シリア人の難民」を特定していたり、他の宗教ではなく「イスラム」を特定していない限り、いかに悪意をもって難民を侮辱、中傷しても処罰できないのです。

 

 

法よりFacebook頼み

 

vivanon_sentenceスウェーデンの現状、ドイツの現状はことFacebookに限らず、ヘイトピーチ規制がつねに内包する難しさをよく見せてくれています。

はすみとしこの例のイラストは、印象としては在特会のヘイトデモと同様に悪質なものだと感じられますが、どこの国であろうと、成文化した法の基準に照らすとヘイトスピーチに該当しにくい表現です。法を改正して、該当させようとすると範囲が広がりすぎて不都合が生じる。

そこでドイツ当局としては、法を適用するのでなく、FacebookというSNS内のルールに基づいて、ヘイトスピーチに対抗することを期待しているのだろうと推測できるわけです。しかし、Facebookに対する民衆扇動罪容疑もそう簡単には適用しないでしょう。

スクリーンショット 2015-11-06 14.53.35

当局が直接乗り出せば、刑事裁判に発展し、差別か否かの境界線について争うことは避けられない。

それに比してSNSの利用者が民事裁判に持ち込む可能性は低いのだし、差別か否かの決着を見ないまま、運用上の不都合だのなんだのでFacebookは押し通すこともできそうなので、当局としては「うちらがやると面倒が起きるので、あんたのところでやってくれよ」というのが本音ではないか。しかし、ここまで説明してきたように、簡単には譲らないだろうと思います。

 

 

現実を無視して法を制定しようとするな

 

vivanon_sentenceここから読み取れるのは、「法律を作ったところで、はすみとしこのイラストをヘイトスピーチとして規制することは不可能ではないにしても、クリアしなければならない点が多くて厄介」ってことです。

 

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