松沢呉一のビバノン・ライフ

マイノリティ表現における武器-「おっぱい募金」批判の蒙昧 3-(松沢呉一) -3,060文字-

セックスフォビアが導く未来-「おっぱい募金」批判の蒙昧 2」の続きです。

 

 

 

マイノリティ表現こそが弾圧される

 

vivanon_sentence個人の「不快感」を基準にした時に必ずや狙い撃ちされるのは同性愛表現です。現にこの日本でも、ヘテロ男や女の下着姿だったらいくらでも広告にあるのに、ゲイであることがわかる下着姿にはクレームがつきました。これもまたHIV予防のための看板です。

ヘテロのキス表現だったらいくらでも溢れていて、生身の男女がキスしている光景だって駅や公園でよく目にするのに、同性のキス表現は狙い撃ちされる。ヘテロの裸だったら許される場面でも、ゲイやレズビアンの表現だったら狙い撃ちされる。

引き続き、ナディーン・ストロッセン著『ポルノグラフィ防衛論』から実例を紹介していきましょう。

 

 

一 九九三年、写真家としても高い評価を得ているヴァンダービルト大学の美術学助教授ドン・エヴァンズが、セクシャル・ハラスメントで訴えられた。大学側は、 彼に無断で、彼の教え子の聞きとり調査を個別に行い、その結果、彼は学生の指導に制約を受けることになった。そもそもこの聞きとり調査がはじめられたきっ かけは、エヴァンズの写真とデザインに関する講義において、ヌードと性的意味合いを持つ写真を使って討論が行われたことに対して、ある女子学生が抗議した ことであった。不快に感じた学生は、ロバート・メイプルソープやエヴァンズ本人のあからさまに性を表現した写真は、「女性を貶めている」と主張した。

 

 

美術学校、美術学部の授業で、ヌードを扱わないことが可能なのか?

41PZ8E1Y1CL._SX435_BO1,204,203,200_ここで言うメープルソープの作品が何を指すのかわからないですが、それが男のヌード写真であっても女のヌード写真であっても、「性的表現に耐えられないか弱い女に対するハラスメント足りえる」という論理かと思います。

その不快感の本質がたんなるホモフォビアであっても、父権主義的な女性の保護であっても、そのような論が通用してしまう。つまりは、拡大したセクハラの概念は、個人の好悪の感情で運用されて、 社会的に嫌悪されやすい同性愛表現にこそ適用されやすいのです。そういう例も、この本には多数出ています。マイノリティ表現こそが潰される。

性表現の規制は、同性愛を嫌う人々に寄与する。ホモフォビアに満ちた差別者に格好の口実を与えるのです。先日のEXPLOSIONのイベントでも、その辺はしっかり解説があったと思いますが、ACT UPが表現規制にああも反対しているのは当然です。

 

 

性表現の規制で誰が表現を奪われるのか

 

vivanon_sentence性表現の規制は、ホモフォビアに満ちた差別者に格好の口実を与え、さらには人種差別者にも寄与しますし、その対象は映像作品に留まりません。

 

 

一九九一年、ツー・ライブ・クルーの歌『好きなだけわいせつに〈As Nasty As They Wanna Be〉』はフロリダ州ブローワード郡において訴えられ、わいせつ法に基づいて犯罪として告発された米国史上はじめての音楽作品となった。同じく一九九一年、シンシナティ・コンテンポラリー・アート・センターとその館長デニス・バリーも、米国史上はじめてわいせつ法に基づいて起訴された美術館と館長となった。ツー・ライブ・クルーのケースでは、被告となった音楽家とレコード店所有者はアフリカ系アメリカ人であり、シンシナティのケースでは、起訴の原因となった芸術作品は、ゲイ写真家ロバート・メイプルソープの同性愛的写真だった。

 

 

 

2 Live Crewは裁判所の命令を無視してこの曲をライブでやったためにメンバーも逮捕されています。

人種的背景があるのかどうかわからないですけど、人種差別主義者が嫌がらせのために告発することは十分ありえましょう。「黒人だから」ではなく。「猥褻だから」とクレームをつければ事足りる。

せっせとこの下地作りをやっているのが、セクハラの範囲拡大を目論む人々です。

 

 

自分の体が武器、エロが武器

 

vivanon_sentence「露骨(explicit)なセックスフォビア」で『セックス・フォー・セール』から抜粋した言葉を出しました。そこにあったように、ヘテロ社会はゲイのセックスを嫌悪する。だからこそ、ホモフォビアに対抗するにはゲイボルノが武器になるという論は、私の好きなブルガリアのアジスの表現を見ると納得しやすい。

 

 

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