松沢呉一のビバノン・ライフ

投込寺の正しい由来-「吉原炎上」間違い探し 22-[ビバノン循環湯 96] (松沢呉一) -4,059文字-

処女で娼妓になる率-「吉原炎上」間違い探し 21」の続きです。

 

 

 

結核の時代

 

vivanon_sentenceドラマ「吉原炎上」では、主人公の久野と同じ妓楼の娼妓が肺病で亡くなる。つまりは結核である。

原作にも、同じ妓楼に主人公の久野のすぐあとでやってきた小花という娼妓が肺病で亡くなったとある。肺病に罹ったことが判明した小花は、三部屋ある自分の部屋を出されて、妓楼の隅にある行灯部屋に押し込められる。久野が抗議して移動されるが、移動先も薄暗い小部屋であり、久野は小花へのひどい仕打ちを嘆く。

娼妓たちは狭いところに監禁同然に押し込められていたように思っている人たちは驚くことだろうが、すでに書いたように、中米では、娼妓個人の部屋は三間もあった。1Kのアパート、あるいはワンルームのマンションよりも住環境はよかったわけだ。

中米だけではなく、中店以上の妓楼では、娼妓の部屋は二間あって、大店では三間あるのが当たり前。中米は、「細見」で小店扱いなのに、三部屋もあったのは特別かもしれないが。

結核症もし本当に久野が妓楼のやり方をひどいと感じていたのであれば、結核のことをよく知らなかったのだとしか思えない。結核菌が発見されて間もない明治二十年代のことであれば、正しい病気の知識がなかったのもやむを得ない。発症までに数ヶ月の潜伏期間があるため、感染する病気であることさえまだ広くは知られていなかったのではないか。

今の知識から言えば、結核は隔離するのは妥当であり、妓楼の角の部屋をあてがわれたのは適切な措置だったろう。おそらくこれは吉原病院や組合からの指導があったのだと思う。

抗生物質が出てくるまで、現在の交通事故死の何倍もの人が亡くなっていて、結核は長らく日本人の死亡原因第一位であった。民間療法はさまざまあったにせよ、隔離し、安静にして抵抗力をつける以外に対策はない。動き回る体力があるのだとしても、動き回ることはいいことではないのだから、三間も必要あるまい。

吉原の娼妓たちは、遊廓のすぐ横にあった吉原病院に行くことが可能だったが、結核に関しては、病院に行ったところで、どうしようもない。病院に行かせないのでなく、行っても意味がない。

「どうせ死ぬのであれば、少しでも金を返済したい」「少しでも実家に仕送りしたい」という娼妓や、「少しでも返済させたい」という楼主がいたようでもあって、これが「遊廓はひどい」という話にもなっていくのだが、原作では、そんなことは書かれておらず、小花は隔離されて、ひたすら寝ているだけだ。最善の方法がとられていたと言ってもいいのではないか。

正岡子規、竹久夢二、中原中也、樋口一葉、沖田総司など、結核で亡くなった著名人は多数いて、金があっても死ぬ。名が知られていても死ぬ。娼妓だけが死んだわけではない。

 

 

酷薄なのは誰か

 

vivanon_sentence咳をした時の唾液の飛沫などから感染する結核は、軍隊や工場など、共同生活をする場で蔓延しやすく、多くの人とともに暮らし、多くの客と接する娼妓も感染リスクが高かったが、小花は吉原にやってきて二年で亡くなっているため、その前に感染していた可能性もありそう。例えば正岡子規は、発症して亡くなるまで七年かかっている。

遊廓に入る際の身体検査は通っていたのだから、その段階では症状がまだひどくは出ていなかったのだろう。

DSCN6013ドラマでは、亡くなった娼妓は浄閑寺に葬られたことになっているが、原作では小花の姉が棺桶を引き取ったとある。ドラマは現実を無視して、悲惨な話にしたくてしたくて仕方がないようだ。なんたる卑しい人々であろうか。人の死、人の不幸までを捻じ曲げてまで金を儲けたい人たちの浅ましさをここに見ないわけにはいかない。

原作のように、娼妓が亡くなった時は親族が遺体を引き取り、葬る。会社で社員が亡くなったら、親族が引き取るのと一緒だ。親族がおらず、引き取る人がいなければ、友人や同僚らが金を出して葬儀をし、墓を作る。ただの社員だと社葬まではやってくれまい。音頭をとって墓を買うカネ集めまでをするのがいなければ無縁仏として葬ることになる。

遊廓も同じだ。順当に行けば親族が引き取るのだが、親族が引き取りを拒否することがあった。

葬儀を出す金どころか、遺体や遺骨を引き取りに東京まで来る金もない場合もある。金のある家であれば、そもそも娘が娼妓になる必要はないわけで。また、娼妓になって以降、親族が亡くなるなど、引き取り手が存在しないこともある。

 

 

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