松沢呉一のビバノン・ライフ

盲信が事実を歪ませる-「吉原炎上」間違い探し 14[ビバノン循環湯 88] (松沢呉一) -3,647文字-

小山いと子が描いた「開かれぬ門」-「吉原炎上」間違い探し 13」の続きです。

 

 

答えありきの人々

 

vivanon_sentence前回取り上げた小山いと子著『開かれぬ門』は、この当時、婦人議員やメディアが盛んに喧伝した売春否定の論が役に立たないものであることをはっきりと指摘してはいても、また、女の幸せとされる結婚への疑義を提示はしていても、赤線や売春を肯定する内容ではない。そう読むこともできるが、明示的ではなくて、どう考えるべきかは、読者に委ねている。

IMG_5468小説だから、それでいいわけだが、ここで大事なのは、実在した特飲店をモデルにしていることが半世紀以上経った今でも見抜けるくらいに現実に基づいていることだ。見抜ける私がどうかしている気もするが。

あえて「開かれぬ門」という、まぎらわしいタイトルにしたのも、平気でデマを垂れ流し続けた人たちを批判するためだとも思える。「こっちこそが現実の開かれない門なのだ」と。

矯風会やそれに類する人々が拡散した「閉じられた門」というデマと好対照な小説であり、これが売春防止法全面施行の年に発行されていることから、それに対する懐疑もこめられていよう。

小説でも事実に基づく姿勢の小山いと子と、デマに基づく主張をする人たちとどっちが信用できるのか。言うまでもあるまい。

※写真は吉原弁財天

 

 

純潔教育と売春否定

 

vivanon_sentenceしかし、こういう小説が怖いのは、これをまた利用する人たちがいることだ。

戦前の廃娼運動、とりわけ宗教団体による運動は、しばしば事実を歪曲しながら、娼妓たちがいかに悲惨な状況に置かれていたかを喧伝することで公娼制度に反対をしていった。遊廓が消え、前借も一部を残して消えると、今度は手のひらを返して、「売春をする女たちは怠け者の虚言者である」というキャンペーンを張っていき、売春そのものを違法とする運動を展開していく。どっちに転んでも利用され、否定されるのである。

赤線の女たちが「自ら望んでやっている」「これほど稼げる仕事はない」と言えば「好きでやっているんだから潰していい」と言い出す。下着までをクリーニングに出していると知れば「ただの怠け者であり、楽して贅沢をしたいだけ」と言い出す。

統一協会 ボディコントロールの恐怖―「新純潔教育」の正体現実にはだらしのないのもいる。几帳面なのもいる。家族のために働くのもいる。男のために働くのもいる。自分のために働くのいる。他に選択肢がなかったのもいる。他の選択肢があっても売春を選んだのもいる。イヤイヤやっているのもいる。楽しんでやっているのもいる。稼いでいるのもいる。稼げないのもいる。

それぞれ事情はいろいろ。事情がいろいろであっても、不当な労働環境は改善すればいい。それだけのことなのだが、すべてを否定しないではいられない人たちがこれを妨害する。

それもそのはず、彼らが売春に反対するのは譲れない道徳が根拠だからだ。それは信仰に基づいている。そこは覆らない。神ありき、結論ありきなのだから、事実なんてどうでもいい。そして、デマを駆使してもかまわない。そう自覚していたわけではないにしても、現実にデマを垂れ流してきた。

戦前の廃娼運動、戦後の売防法制定運動をした人の中には、伊藤秀吉のように、純潔運動を主導した人もいる。「女は結婚まで処女でいなければならず、ひとたび結婚をすれば貞操を守らなければならない」という主張をする人々が廃娼運動、売防法制定を担ったことは理解しやすい話であり、その道徳が行動原理であって、人権などではない。彼らにとっての人権は道徳を実践するために利用できるものでしかない。

その道徳に反するから売買春はいけないのであって、その道徳に基づけば、行きずりのセックスも、ハッテン場も、ハプバーも、不倫も、スワッピングもすべて否定される。韓国のプロテスタントともつながるような人たちであり、同性間のセックスも否定しかねまい。その点においては、現在も純潔教育を進めようとする統一教会と変わりがない人々だと言っていい。

この辺の人々の発言がどう変遷していったのかについてはすでに調べてあるので、具体例とともに、先々出していくことにする。

 

 

札幌の遊廓をめぐる二冊の本

 

vivanon_sentence宗教的道徳観でしか判断できないのは矯風会や救世軍、統一教会の信者だけではない。保守派キリスト教の道徳は、広くこの社会にもある道徳ともリンクしている。こちらはもっぱら儒教的なものだろうが、だから、彼らのデマはいつまで経っても修正されず、信じる人が出てきてしまう。

こうして遊廓や赤線に関する情報は間違いだらけになる。事実を踏まえた上で、何が問題なのかを抽出し、それをどう解消するのかを考えるのでなく、そうであって欲しいという願望で事実がねじ曲げられるのだ。

本シリーズでは、こういったノイズを排除して、事実を踏まえた上で、何が問題だったのか、どう解消すべきだったのかを先々考えていく。

戦前、札幌・白石にあった遊廓について、老人たちの話を聞き書きでまとめた谷川美津江著『ものいわぬ娼妓たち 札幌遊廓秘話』(みやま書房・昭和59年)という本があり、この本は編者が意図していないことが浮き彫りになる見事な構成になっている。つまり、この本自体に価値がないことを、本に掲載された証言が明らかにしているのだ。

 

 

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