松沢呉一のビバノン・ライフ

元ネタは『百億円の売春市場』-歴史を改竄した『みんなは知らない国家売春命令』 1-[ビバノン循環湯 114] (松沢呉一) -3,628文字-

 

RAA立川所長が書いた『百億円の売春市場』

 

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終戦後わずか数日で日本政府は進駐軍のセックス処理のために動き出していた。そして、8月28日には、日本政府のバックアップによりRAA(Recreation and Amusement Asocciation)は正式発足。

しかし、翌年3月にはGHQから立入禁止の命令が出る。以降も一部施設は継続するのだが、実質、この時に終焉したと言っていい。

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短期間で終わり、GHQの言論統制があったことも手伝って、RAAの実態を伝える資料はあまりに少ない。一冊にまとまっているものとして、もっとも重要な資料は橋本嘉夫著『百億円の売春市場』(彩光新社・昭和33年)かと思う。RAAに関する記述は、これ以降、さまざまな本で為されているのだが、多くの場合、この本が直接、間接の元ネタになっている。

橋本嘉夫という名前はおそらくペンネームで、実名かもしれない苗字が本文に出てくるのだが、RAAの立川所長だったという経歴が本当なのかどうか、確認する術がない。しかし、極端におかしな記述はなく、立川じゃないのだとしても、あるいは所長じゃないのだとしても、それに近い立場にいた人物が書いたか、そういう人物に取材して書いたものだろうと思える。

ここではこの本を書いたのが本当にRAAの関係者なのかどうか、この本の内容が信用するに足るのか否かは主題ではないので、その内容の真偽については触れまい。

この本は入手しづらく、一般に元ネタにされているのは小林大治郎・村瀬明著『みんなは知らない 国家売春命令』であろう。この本は昭和三六年に雄山閣から出ており、昭和四六年に『国家売春命令物語』と改題されて新装版になっている。この本がどういうものなのかを明らかにするのがここでの主題である。

※今回Amazonを検索して気づいたのだが、この本は『みんなは知らない 国家売春命令』としてさらに新装版が出ていた。下の書影がそれ。オリジナル版は「国家売春命令」がサブタイトル扱いだったが、新装版は『みんなは知らない国家売春命令』というタイトルのよう。本シリーズでは入手が容易なこのタイトルを使用するが、使用したのはオリジナル版と最初の新装版。

 

 

『みんなは知らない』の作られ方

 

vivanon_sentenceみんなは知らない 国家売春命令』は『百億円の売春市場』の三年後に出たものであることをまず確認する。二箇所のみ引用したことを明記しているが、この本のRAAに関する記述は『百億円の売春市場』からの引き写しであろう。

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巻末には参考資料が並んでおり、『百億円の売春市場』も含まれるのだが、RAAの資料は少ないことからしても、ほとんどは『百億円の売春市場』を書き写したことがわかる。この時点で入手できるRAAの資料は私の方がはるかに目を通しているだろう。

RAAは「RAA」または「R.A.A.」という表記が一般的だが、『百億円の売春市場』では「R・A・A」とナカグロで表記しており、『みんなは知らない国家売春命令』もこれをなぞっていることでもそのことがわかる(他では一切使っていないというわけではないので、これだけでは決定できないとして)。

参考資料リストには水野浩編『日本の貞操』が上げられていて、文中で引用もしている。しかし、この本は、一読するだけで、創作臭さを感じないわけにはいかない。私自身がそう感じただけでなく、当時の週刊誌でその旨報道されている。こんなもんを資料としているようでは、『みんなは知らない 国家売春命令』の著者たちの能力を疑わないではいられない。

それでも、原文をそのまま書き写しているだけなら、「歴史的事実を記述したものであって創作性がないのだから、著作権侵害ではない」と言い張ることができよう。しかし、この本はもっともっと悪質で、事実関係に多数の改竄を加えているのだ。

『日本の貞操』に掲載された手記は、男の書き手による創作であることはマイク・モラスキー編『街娼』で編者が指摘している「個人の肉体が個人のものではない国」に書いた週刊誌記事というのは、上にある通りなのだが、その元が見つからない。私の記憶違いかもしれないが、「週刊新潮」だったのではなかろうか。

 

 

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