松沢呉一のビバノン・ライフ

モラルなき著者たち-歴史を改竄した『みんなは知らない国家売春命令』 3-[ビバノン循環湯 116] (松沢呉一) -3,451文字-

事実より願望を優先する小林大治郎と村瀬明-歴史を改竄した『みんなは知らない国家売春命令』 2」の続きです。

 

 

 

告白文の真偽が不明だとしても

 

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百億円の売春市場』の著者である橋本嘉夫は、これらの告白文を掲載した「第四章」に「天国へ通ずる道」というタイトルをつけ、この章の冒頭でこう書いている。

 

 

ねぐらとえさに窮した小鳥にとって、R・A・Aの、どんな営業所にしろ、それはその日ひと日を、生きのびてゆける天国ともいえるものであった。生きとし生けるものには、ただ生きて行けるということが、いちばん最初の、いちばん大きな願いであった。魂の弱いものにとっては、悲しいなどと嘆くのは、ぜいたくであった。生きていくという最低線を守るためには、ことに人さまにめいわくをかけずに生きようとするには、おのれの魂がどう悲しもうとも、どう汚されようと、それは自分ひとりががまんすればよかった。弱くはあったが善良な小鳥が、どうして悲しい天国に舞いこんできたのか、RAAの女たちの手記や述懐から、取り上げてみた。

※「R・A・A」「RAA」と二種の表記があるのは原文ママ。

 

 

この最後の一文「RAAの女たちの手記や述懐から、取り上げてみた」という書き方からして、橋本嘉夫もまたこれらの告白文を自ら収集したのではなく、どこかにすでにあったものを拾い上げただけではないかとも読める。

ものによっては、その後のことを著者が追記しているため、告白文の本人を直接知っている、少なくとも間接には知っているのだろうと推測できるのだが、それでも、これらの文章は、別の目的で書かれて公開されている可能性があるかもしれない。

こういった手記は当時さまざまなものに出ているのだが、ひとつひとつ照らし合わせないと、どれがオリジナルなのかを見極めることは難しい。

私自身、先に『みんなは知らない国家売春命令』を読んでいて、のちに『百億円の売春市場』を読んだ時も、すぐには同一のものだとは気づけなかった。さらにそのあと『みんなは知らない国家売春命令』を読み直してやっと「あれ?」と思った。それまではまさかこんな杜撰な本だとは思えていなかった。

十数年の間が空いていたためでもあるのだが、いかにこの時代であろうとも、あってはならない手法で作られた本であり、想像を越えていたため、疑えなかったのだと思う。

※今回もすべて福生で撮った写真であり、本文とは直接関係がありません。

 

 

最低限のルールさえ守れない小林大治郎・村瀬明

 

vivanon_sentence百億円の売春市場』に掲載されたこれらの告白文にさらにオリジナルがあるのかどうか、そもそもこれらの文章は事実であるのかどうかの検証は別途なされるべきだろうが、『百億円の売春市場』が出たのは昭和三三年。オリジナル版『みんなは知らない』が出たのはその三年後の昭和三六年。参考資料にも『百億円の売春市場』が挙げられているのだから、小林大治郎・村瀬明は『百億円の売春市場』を確実に読んでいる。

百億円の売春市場』の真偽について結論を出さずとも、『みんなは知らない国家売春命令』の問題は指摘できるだろうし、指摘すべきだろう。

国家売春命令』のRAAに関する記述が『百億円の売春市場』と違うものになっていたとしても、それだけでは改竄とまでは言えまい。Aという資料とBという資料を比較して、両者を合わせて自分の文章にしている可能性もあろう。その資料名を参考資料として出すのを忘れただけかもしれない。また、証言者が重複することも稀にはあるだろう。

しかし、『みんなは知らない国家売春命令』に出ている五本の証言のうちの四本までが『百億円の売春市場』に出ている証言と重なるなんて偶然はあり得ない。たまたま同じ人物に取材したとしても、ここまでその内容が重なり、なおかつ事実関係が違うなんてこともあり得ない。一人の人間が二人になることもあり得ない(一人の人間の証言を二人分に水増ししていること)。

もしかすると、許諾を得て転載したのかもしれないが、その場合はその旨記述をすべきであり、あたかも自分らが取材したかのようなウソを書くべきではない。また、許諾を得ていたのだとしても、事実関係を歪めることは許されまい。

 

 

RAAの実態をわからなくした『みんなは知らない国家売春命令

 

vivanon_sentence百億円の売春市場』に出ている証言の中にも、RAAを知るための多数の事実が含まれているのだが、これまで『みんなは知らない国家売春命令』では改竄をしている。

 

 

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