松沢呉一のビバノン・ライフ

パンパンの全体像を知る調査-「闇の女たち」解説編 8(松沢呉一)-3,081文字-

街娼を知るための国会図書館の資料-「闇の女たち」解説編 7」の続きです。

 

 

 

パンパンを知る重要な調査

 

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昭和二十年代、パンパンを対象にした研究書が二冊出ています。ひとつは渡邉洋二著『街娼の社会学的研究』(東京鳳弘社・昭和二五年)。もうひとつは竹中勝男, 住谷悦治共編『街娼—実態とその手記』(有恒社・昭和二四年)。

闇の女たち』第二部「日本街娼史」ではどちらも使用しているのですが、とくに後者は本書において重要な役割を果たしています。

パンパンの全体像を知ることのできる、もっとも充実した調査がこの本にまとめられているのです。

この調査は京都で実施されたもので、検挙されたパンパンが対象であることを考慮する必要があります。釈放されることを狙って同情されるようなことを言う可能性が高い。そういった計算がなくても、検挙されれば反省する気にもなる。にもかかわらずの内容なのです。

この本が重要なのは、調査者のバイアスがかからない生の証言や手記が多数掲載されていることです。

もうひとつ重要なのは、占領下にもかかわらず、相手が米兵であることが伏せられていないことです。当然、GHQの検閲を通っていて、研究書であるために見逃されたのではないか。

その結果、当時、京都には進駐軍の施設が複数あり、その多くが洋パンであることも読み取れるようになっています。

※図版は以前福生で撮ってきた写真の残り物です。以下同。

 

 

英語を覚えたくてパンパンになった層

 

vivanon_sentenceさまざまなものを読んで、パンパンは「やむなく街に立った意思なき被害者集団なんてものではないぞ」とすでに気づいていた私でありますが、この本で確信しました。

個別に見ると、さまざまな例があって、被害者の側面も見いだせますが、一方で、パンパンになった理由が「英語を勉強したい」というものだったりするのです。そして、彼女らにとっての米兵は「優しい人」だったりする。

結局のところ、「人によっていろいろ」ということでしかないのですが、そうとらえない人たちが多すぎます。今もそうです。それに対抗するために、「集団で語るな。人はそれぞれ違う」ということを見せるために、かつて編集したのが『ワタシが決めた』という本だったわけですけど、今なお属性によって集団全体を決めたがる人たちが多すぎる。

自分の体験や、自分の頭の中の思い込みを投影するからそうなる。そういう人たちが「差別反対」などと言っている滑稽さ。他者が属性で判断することを批判しながら、自分は平気でそれをやる。まずは事実を調べるべし。その事実をねじ曲げるのをやめるべし。って当たり前のことを言わなければならない悲しみ。

 

思い込みは数字をも変える

 

vivanon_sentenceこの調査では、しっかりとデータをとっているのに、集計がおかしい。積極的な意思があるとすべき回答が数字に出ないようにされてしまっていて、「生活のため」という数字が大きくなるような集計がなされています。

 

 

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(残り 2002文字/全文: 3263文字)

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