松沢呉一のビバノン・ライフ

与謝野晶子と有島武郎の矯風会評価-『女工哀史』を読む 15-(松沢呉一) -3,374文字-

宮本百合子も平塚らいてうも矯風会を批判-『女工哀史』を読む 14」の続きです。

 

 

 

なぜ工場より遊廓を問題としたのか

 

vivanon_sentence結局のところ、矯風会は宗教的な信念で売買春を否定していただけなのだから、娼妓同様の前借による年期制度で、娼妓以上にひどい労働環境で働かされ、事故や病気で死亡者が出て、地震で大量の死者が出ても知らんぷり。声をかけるとしたら、「我慢せよ。神の救いがある」とでも言ったんじゃなかろうか。

また、その動機が人権ではありえない以上、何があろうと売春には反対するのだ。それによって働く者たちが露頭に迷おうとも、売防法を制定したのだ。今だって、どうして矯風会はセクシュアルマイノリティの人権に取り組まないのか。人権なんてどうでもいいからである。それより信仰が大事。偽善的道徳が大事ってことだ。

このことは時の為政者にとっても、資本家にとってもなんら痛手にはならず、むしろ、社会的批判を遊廓に向ける役割を果たす廃娼派は都合がよかったのだろうと推測する。廃娼派は反権力の姿勢はまったくなく、国家に従順で、俗物なキリスト教徒たちであり、御しやすい存在だった。事実、支援者には政治家やその妻など支配層に属する人たちがいた。

対して女工の労働環境向上なんてことをやりだしたら、国家権力も黙ってはいまい。時の権力に取り入るためにも、リスクのあることはやらない。それどころか、日露戦争以降、太平洋戦争まで矯風会は積極的に軍部への協力を惜しまなかったのである。

平塚らいてうが矯風会を評価しなかったのは、矯風会のそういった権威主義的体質も嗅ぎとっていたからだろう。

それから一世紀近く経ってなお矯風会は生き延び、通俗な宗教道徳に則った「無内容な活動」を続けているわけだが(ここは平塚らいてうの言葉)、そりゃ、宗教だし、どういう経緯か大久保に広大な土地を持っていて、その収入もあるため、しぶといのはしょうがないとして、かつては平塚らいてうがこうも批判していた矯風会にすりよる婦人運動家がいる今の時代は、当時よりも旧来の道徳、通俗的な道徳に対する抵抗力をなくしている。まして、それがフェミニストを自称したり、フェミニスト扱いされていたら、平塚らいてうは呆れ、怒り狂うのではないか。

しかし、その始まりは平塚らいてう自身にあったと私は見ている。

 

 

その平塚らいてうもまた…

 

vivanon_sentence与謝野晶子は、平塚らいてうを批判する「新婦人協会の請願運動」(1920)という文章の中で、矯風会を持ちだしている。

 

 

私は平塚さんたちの態度が意外にも矯風会あたりの基督教婦人の態度に何となく似通う所のありはしないかということを恐れます。

 

 

この文章で与謝野晶子は低姿勢で新婦人協会の設立を喜ぶ言葉を並べたあと、「しかしながら」と徹底批判に転じており、与謝野晶子は性格が悪いかも。

とりわけこの部分は痛烈な皮肉である。平塚らいてう著『女性の言葉』には母性保護論争のやりとりの一部が掲載されており、おそらく与謝野晶子もこの本には目を通していて(あるいは初出の段階で)、平塚らいてうが矯風会をボロクソに批判する文章を書いていたことを踏まえていると思われる。

 

 

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