松沢呉一のビバノン・ライフ

戦前から抜けられなかった著者の道徳観-「闇の女たち」解説編 15(松沢呉一)-2,215文字-

米兵はウンコで、足の生えた生殖器-「闇の女たち」解説編 14」の続きです。

 

 

もうひとつの問題点

 

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発禁要素で腹いっぱいですが、もうひとつ、白川俊介著『闇の女たち』を発禁にする際に考慮されたのかもしれないと思われる点があります。著者の姿勢です。「かもしれないと思われる」程度であり、ここは確証はなく、その程度のものとして以下をお読みください。

この本で著者は一貫して街娼らを転落した存在とみなし、その貞操のなさを嘆き、蔑視を露わにしています。

白川俊介は、女は貞操を守らなければどうしても納得できないようで、この本ではその姿勢が貫かれています。主たる理由ではないにせよ、著者のこの姿勢が『闇の女たち』を発禁に導いたのではないか。

拙著『闇の女たち』で説明しているように、当時のGHQの方針に、この著者の考えは反しているのです。

GHQの方針は「個人の売春については容認、管理買春はまかりならぬ」というものでした。

しかし、白川俊介著『闇の女たち』では、売春する女たち自身の言葉として、「生きていくのにこれ程簡単な仕事はない」といったフレーズが出てくると、それもまた線で囲われた跡が残っています。

個人売春である街娼を容認はするとしても、推奨するようなこともまたGHQは発禁の対象にした可能性もありそうですが、道徳的な断罪もまたGHQの意向に沿わないと考えたのではなかろうか。

 

 

GHQが望まない著者の道徳観

 

vivanon_sentence米兵の中での性病の蔓延によって、進駐軍としても、パンパンを放置することができなくなっていきますが、あくまでこれは性病対策であり、「女は貞操を守らなければならない」という道徳的な判断ではありません。

GHQとしては、そういう日本社会の考え方こそを変革しなければならないと考えていたはず。

日本という国を近代化させるために、GHQにとって旧来の道徳、制度は邪魔でした。それが壊れていくことにこうも危機感を抱き、その道徳に疑問さえ抱いていない著者の本を出版する意義はなく、むしろ邪魔であります。

その時に、その破壊を招いているのが「背の高い男」、つまり米兵であることを読み取れるようにしているのは発禁に値すると考えたのかもしれない。「背の高い男」という表現はそれ単体で登場するのではなく、著者の批判対象、蔑視対象を誘惑する者、協力する者として現れてくるわけです。

発禁の根拠になったのかどうかは別にして、この本の道徳維持の姿勢は私にとっては不快極まりないものでした。

 

 

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