松沢呉一のビバノン・ライフ

誰が伊藤野枝を「淫乱」と言ったのか-栗原康著『村に火をつけ、白痴になれ』より 6(松沢呉一) -2,197文字-

平塚らいてうによる伊藤野枝追悼文の奇異-栗原康著『村に火をつけ、白痴になれ』より 5」の続きです。

 

 

 

伊藤野枝の墓はただの石

 

vivanon_sentence「なんかこの国のフェミニズムはおかしいぞ」と思っている人には、「平塚らいてうから読み直せ」「母性保護論争から読み直せ」と私はよく言っています。この国のフェミニズムのおかしさは、そこから始まっていることなので。

あの時代は、そのおかしさを照らす伊藤野枝が「内部」に存在していましたから、一層わかりやすい。その問題意識を持つ著者によって伊藤野枝を今の時代にとらえなおす『村に火をつけ、白痴になれ』が出て本当によかったと思います。私も改めて学んだことが多くあります。

とくにこの本で読んで欲しいのは、冒頭のエピソードです。伊藤野枝がこの社会でどういう存在だったのか、そして今現在もどういう存在なのかをよーく見せてくれます。

著者は伊藤野枝の故郷・福岡県今宿にある伊藤野枝の墓を訪れます。『村に火をつけ、白痴になれ』にその写真が掲載されていますが、その墓はただの大きな石です。墓と言われなければ気づけない。

度重なるいたずらのため、名前も彫られていない自然石を墓にすることになり、一部の人たちにしかその存在を知らされていないそうです。

この墓が象徴するように、地元の人たちの多くは、この地から伊藤野枝が出たことを恥じ、伊藤野枝を国辱としています。無残に虐殺されたのに同情もされない。今の時代になお。

伊藤野枝自身、墓を欲したとはとうてい思えないながら、あまりにひどい扱いではないか。

著者が非公開の墓を訪ねることができたのは郷土史家の案内によるものだったのですが、この人物は、以前テレビ局の取材に協力したことで、地元の老婆に罵倒されています。その老婆はテレビに協力したら、ここから伊藤野枝が出たことがばれることを恐れたのです。そして、老婆は「あの淫乱女! 淫乱女!」との言葉を口にしていたそうです。

フェミニストたちの尊敬を受ける平塚らいてうや山川菊栄の墓は、今も訪れる人がいるのではないでしょうか。どこに墓があるのかも知らんし、なんの興味もないけれど、伊藤野枝の墓はこの目で見たい。この国がどんな国であるのかを確かめたい。

※写真は伊藤野枝と大杉栄。『村に火をつけ、白痴になれ』より

 

 

伊藤野枝はなぜ「淫乱」か

 

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青鞜」の「新しい女」たちは当時さまざまな誹謗中傷をされ、それともっとも闘ったのが伊藤野枝でした。

この社会とももっとも果敢に闘った伊藤野枝は虐殺され、墓に名前も彫れず、その場所さえ明らかにされず、今でも「国辱」「淫乱女」と蔑まれている。そして、師と言える平塚らいてうからは、「料理がまずい、汚い」と嘲られ、死んだら、その思想は全否定される。踏んだり蹴ったり。

伊藤野枝は、ただ親が決めた結婚を反故にして逃げ、婚姻制度の外での関係をもっただけです。この時代にあっても、とくに多くの相手とセックスをしていたわけではない。

悲願千人斬の女数日前に、小沢信男著『悲願千人斬の女』を読んでいたら、一世を風靡した牛鍋屋「いろは」を創業した木村荘平の評伝が出ていて、四男で作家の木村荘太が伊藤野枝に片思いをして、その経緯を小説「牽引」として発表したというエピソードが出てきました。伊藤野枝はモテたのです。

そんな伊藤野枝でありますから、肉体関係に至ったのは、それなりにはいたかもしれないですが、老婆はそのことをもって「淫乱」と言っているのではなくて、この社会で「望ましき女」から逸脱したことをもってそう表現したのでありましょう。

女の権利を主張し、あまつさえ「真実の愛による一夫一婦」を否定した伊藤野枝は「淫乱女」なのです。

※『悲願千人斬りの女』は表題にある松の門三艸子(まつのと・みさこ)の評伝を読みたくて購入。松の門三艸子は芸妓にして歌人であり、私は「千人信心(千人斬り)達成」を今まで信じていたのですが、現実は違ったよう。その次に掲載されていたのが木村荘平の評伝。息子らのその後までが書かれているのが読みどころ。ほかに葦原将軍、稲垣足穂の評伝を収録。

 

 

伊藤野枝を「淫乱」と見る人々

 

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すでに見たように、伊藤野枝を「淫乱」とする価値観は平塚らいてうも共有していました。依って立つところは違えども、フェミニズムなんてものをおそらくは噛ったこともない老婆と、日本の婦人運動の祖とも言える平塚らいてうとが同じ価値観をもって伊藤野枝を葬ろうとするのがこの国の現実。

 

 

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