松沢呉一のビバノン・ライフ

データで見る娼妓の年齢-『親なるもの 断崖』はポルノである 3 -(松沢呉一) -2,482文字-

児童陵辱ポルノと断ずる根拠-『親なるもの 断崖』はポルノである 2」の続きです。

 

 

 

芸妓の鑑札と娼妓の鑑札は別

 

vivanon_sentence前回書いたように、身体検査を受け、警察に申請をして、鑑札と呼ばれる許可証を得るまで芸妓や娼妓の仕事はできませんでした。

温泉場などでは、二枚鑑札と言って、一人の人間がどっちもとれる地域もあったようですが、芸妓と娼妓とでは鑑札が別ですから、『親なるもの 断崖』にあるように、楼主が相手を見て、「あんたは今日から芸妓」「あんたは今日から娼妓」などと自由きままに振り分けることはありません。

そうであったところで鑑札もないのに芸妓になったり、娼妓になったりできなかったわけですけど、『親なるもの 断崖』ではそれが可能であるかのように、貸座敷が芸妓の置屋も兼ねていたということになってます。

芸妓を貸座敷に住まわせることが可能だったことを示す法令があって、こうなると、兼業に似た状態になるのですが、小規模な花街で必要とされた例外的な措置だと思います。

遊廓の中にはポツリと貸座敷が一軒だけ存在するようなケースがありました。あるいは数軒あったとしても、宴会ができる茶屋もない。しかし、宴会くらいやりたい客がいて、そのための規則だろうと思います。

室蘭には室蘭見番と室蘭町見番のふたつの見番が存在していたくらいで、そこそこ大きな花街だったことがわかります。先に出来ていた室蘭見番は幕西遊廓に付随する形で発展したものですから、貸座敷に芸妓を住まわせる必要があったとは思えませんし、芸妓屋も許さないでしょう。

しかし、「こんな兼業はあり得ない」と断定はできないので、そういう業態があったと主張する方がいらっしゃいましたら資料をどうぞ提示してください。主張するのは自由ですけど、それには根拠というものが必要です。

※図版は室蘭の芸妓たち。『北海道及花街』(大正十四年)より。本シリーズは国会図書館が公開しているものを資料として使用することにしていて、この本は国会図書館にはないですが、図版だけなので例外ということで。なお、室蘭の芸妓については本書に全員の名前が記載されており、細見のような内容でもあります。

 

 

芸妓は出身地をごまかせなかった

 

vivanon_sentence毎年、行政区単位の、また、全国の芸妓や娼妓の数が公表され、今でもそれを確認できるのは、芸妓名簿、娼妓名簿があったためです。これを総計すれば正確に人数がわかります。

警察に保管された娼妓名簿や芸妓名簿は第三者が閲覧することができたのだと思われます。だから、遊廓の細見では、本名や年齢、出身地の記載が可能だったのでしょう。

親なるもの 断崖』では、青森出身の少女が芸妓となり、京都出身だと嘘を言って人気を得るという展開になっています。アホくさ。

細見が出ていたのは一部の地域だけですから、室蘭では細見の類が発行されていなかったとしてもおかしくはない。しかし、名簿を見れば嘘だとすぐにバレます。室蘭の人たちはそんな知恵さえ働かないアホばかり、それに気づいたところでそんな手間をかけない怠け者ばかりという設定なのでしょう。

当時の室蘭の人たちの誰もが、『親なるもの 断崖』を面白がるアホで怠け者の読者どもと同レベルじゃあるまいに。

 

 

データが語る娼妓の年齢

 

vivanon_sentence「警察は書類に虚偽があってもワイロをもらって見逃していたのだ」と根拠なく言う人たちがいることが想像できますので、蛇足ながら、調査報告の数字を見てみましょう。事実の裏付けのない思いつきを言っていればいい人たちは楽じゃな。

 

 

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