松沢呉一のビバノン・ライフ

フィクションのルール-『親なるもの 断崖』はポルノである 12-(松沢呉一) -2,494文字-

情報の経年劣化-『親なるもの 断崖』はポルノである 11」の続きです。

 

 

 

フィクションと現実

 

vivanon_sentence「『親なるもの 断崖』はフィクションなのだから、正確に歴史を踏まえている必要はない」という意見もあることでしょう。では、「フィクションはどこまで許されるのか」というテーマを考えるとします。

例題を出します。

「ハレンチ学園」のような実在するはずのない学園漫画はあっていいのかどうか。

中身は「ハレンチ学園」ながら、東京新宿区の花園小学校のように実在する小学校を舞台にし、「このドラマはフィクションですが、花園小学校は実在しています」としていいのかどうか。

テレビドラマ「金八先生」にヒゲゴジラのような教師を登場させて、生徒にセクハラ、暴力をやりまくっていいのかどうか。それが実在の学校を舞台にしていいのか。

「金八先生」のクラスで、「これからは年の半分は休みにする」という決議がなされ、法も文科省も教育委員会も無視して、それを実行するという内容の回があってもいいのかどうか。

戦国時代に戦車が登場する映画があってもいいのか。

大河ドラマで、源義経を取り上げるとして、「その方が面白い」として、頼朝に打ち勝ったことにしていいのか。

義経が大陸に逃げてチンギス・ハーンになるドラマはあっていいのかどうか。

義経が携帯電話を使うドラマはあっていいのかどうか。いいとしたら、どういう条件が必要か。

出てくる作品例が古いことはご容赦ください。最近のものは知らんのだ。

以下各自いろんな設定を考えていただきたいのですが、はっきりしているのは、「この作品はフィクションです」との注をつけたところで何をしてもいいってわけではないってことです。しかし、条件を満たせば、何をしてもいいってことでもあります。

ハレンチ学園 身体検査の巻 [DVD]今はエロ表現が厳しくなってますから、「ハレンチ学園」のような漫画を少年誌で掲載することはもしかすると難しいのかもしれないですが、雑誌を選べば大丈夫。実写版もテレビでは難しくなっていそうですが、AVなら大丈夫。しかし、実在の学校名を出したら、どんな媒体でもまずかろうかと思います。

SFという設定であれば、戦国時代に戦車が登場しても、宇宙人とコンタクトしても、ラベンダーのために時をかけてもいい。

義経がチンギス・ハーンになるドラマは、伝説に基づいていることが多くの人には理解できますし、その旨の注釈もなされるでしょう。お笑い番組の中のドラマであれば携帯電話を使うのもあり。それを見て、「義経の時代に携帯電話があった」と思う人はいませんから。

ざっくり言えば、「事実ではないことが事実だととらえられるような表現はしてはならない」というルールが創作においては広く存在しています。実在の学校名を出すことで、そこでそのようなことが起きていると誤解されるようなことはしてはならない。そういう表現をしたいのなら、ウソであると伝わるフレームの中でやればいい。

 

 

『親なるもの 断崖』の注釈

 

vivanon_sentence親なるもの 断崖』ではどのようにフィクションであることの注釈がなされていたのかを確認してみましょう。

 

 

 

 

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません」としながらも、幕西遊廓という実在の遊廓を舞台にしており、それが実在したことを繰り返し強調しています。

 

 

この物語に出てくる地名(室蘭市・母恋街・地球岬・トッカリショctc)はすべて実在するものです。幕西遊廓も、昭和33年まで実在していました。なお、妓楼などの団体の名称、設定、または個人の名前、設定等に関してはフィクションです」とあり、年齢についても「設定」に含まれ、十一歳、十三歳で娼妓になる設定はフィクションであると強弁できるようになっているとも読めますが、そういった設定までがあり得ないものである以上、実在の遊廓を出す必然性がありません。

「この物語はフィクションです」とキャプションを入れたところで、実在する学校を出して、無茶苦茶をやっていいわけではないように、幕西遊廓という名前を出す以上は、その遊廓で起き得た範囲の中でフィクションは展開されるべきだろうと思います。

 

 

リテラシーが欠落した糞読者群

 

vivanon_sentence現実に読者がこれをどう受け取ったのか。検索してみればわかります。これが起き得たのだと思い込んだ人多数。

 

 

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