松沢呉一のビバノン・ライフ

百年前の陰毛-毛から世界を見る 2 (松沢呉一) -2,929文字-

毛の同調圧力-毛から世界を見る 1」の続きです。

 

 

毛のないことに対する禁忌

 

vivanon_sentenceかつて日本では単に「好き嫌い」というレベルを越えて、陰毛のないことで自殺者を出すほど忌み嫌われたことの実感がない人が多いかと思います。

この辺については以前調べているのですが、それを引っ張りだすより、国会図書館の公開資料で探した方が、誰もが確認できていいでしょう。

羽太鋭治著『女の肉的研究』(昭和2年)より。

 

蒙昧野蛮の原始時代ですら、陰毛は男女–殊に女性美の必要条件として、尊重された事は歴然たる事実なのである。そして、この風習は時代が進歩するに準じて、だんだん発達し、無毛を人生の最大恨事として、恥ぢ且つ悲むやうになったのである。それが為に無毛の者は、婚を拒み、或は破鏡の嘆に沈む。又は一生を通じて異性に相触れざる人さへある。もっと極端なのは悲嘆の結果、自ら死する人もある。今日独身者なるものに偽らざる告白を到さしめたならば、蓋し、思ひ半ばに過ぐるものがあるであらうと思ふ。

では、何う言ふ根拠のある摂理に依って、無毛を厭ふか、その答へは、厭ふ人も、厭はるる人も、漠然たる理解しか持って居ない。只、有るべき所に無いからだ。と言ふのである。併し、それは穏当の説ではない。無毛の恥づべき正しい理由は、美の欠点と、それから、一面には男女の無節操を象徴した時代もあったからである。

太古の法律には、婦人の不貞を罰する一の方法として、その陰毛を除去した国もある。婦人が道ならぬ褄重ねをして、それが露見した場合には、法廷で、その陰毛を悉く抜き取ったと言ふ事である。

(略)斯うして陰毛は、人種に依って、長短、粗密を別にして居るけども、先天的に極めて薄い者や、或は全く無毛な者は多く病的で、健全なものに無毛な者は稀である。

病的か、或は身体の異常かで無毛な者の例証としては、男では睾丸の欠損、或はその他生殖器の畸形、女では卵巣を欠いたり、又はその機能を有して居ない者などで、半陰陽には男女ともに無毛の者が多いのである。

それから、低能者や、痴愚者などにも薄毛の者が多く、或は全く無毛な者も珍らしくない。こんな事実から考へて見ると陰毛が精神力に交渉を有して居るのも、興味あるも問題と言はねばならぬ。

 

 

 

これが当時の標準的な考え方

 

vivanon_sentence無茶苦茶でありましょう。無毛は病的であり、不健全であるのなら、忌避されるのはそれが理由のはずであり、何も太古の怪しい法廷の話をもってくる必要はないわけで、あらゆる側面から無毛を否定したい思いがにじみ出ている文章かと思います。

 

 

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