松沢呉一のビバノン・ライフ

白縫は一人ではなかった-「白縫事件」とは? 6-(松沢呉一) -4,395文字-

「新しい女」と評された娼妓-「白縫事件」とは? 5」の続きです。

 

 

 

妥当な解決に至れなかった廃娼運動

 

vivanon_sentence前借と自由廃業の解説」で見たように、前借という制度を禁止して、辞めたい時にはいつでも辞められるようにすればよかったのです。そうしたかった妓楼も多かったはずですが、法がそれを許さず、その法を改正することは社会が許さなかったし、廃娼派も許しませんでした。道徳が問題の解消を妨害したのです。

今でははっきりしてきているように、売春の禁止では働く者たちの環境はよくなりません。合法化(非犯罪化)することによってこそ、労働環境の向上が望め、違法な労働を排除することができます。その業種自体の否定をする人々はむしろ環境を悪化させるのです。

戦前にそんな発想はできにくかったとは言え、現に遊廓を維持したまま、労働環境の向上を求めた鷲尾浩のような人たちがいました。

対して、廃娼運動はあくまで宗教的道徳の実践をしていただけです。「とにかく売春はいけないこと。どういう方法であっても、娼妓をやめるのはいいこと」という考えに基づいて行動をしていましたから、「前借制度を禁止しろ」とは決して言いませんでした。

白縫は極端すぎて完全には擁護しきれなかったわけですけど、難癖に近いような主張でも救世軍は遊廓反対のために利用します。

普通に考えれば、白縫といい仲になった相場師の吉本は金を持っていることは明らかなのですから、「金を全額返済して身請しろ」と進言するのが妥当でしょう。救世軍もそうできることくらいはわかっていたはずですが、そうなると、単なる身請になってしまって、自分らはそれを斡旋しただけ。運動の成果としてカウントするためには、少なくとも借金を減らして自廃させる必要がありました。

こういう娼妓たちをも廃娼運動は利用して公娼制度廃止を狙ったのだし、そういう女たちも救世軍を利用したという関係です。持ちつ持たれつ。

※豊国「古今名婦伝 遊女地獄」(文久元年)。自身を地獄と称した遊女を描いたもの。着物にも地獄図をあしらい、この絵でも閻魔大王が見える。楽器のようなものを持っていることで表現されているように、唄を得意とした。

 

 

男を騙し、借金を踏み倒してトンズラした娼妓

 

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いかに理不尽な主張であっても、借金の踏み倒しをサポートしてくれるのが救世軍ですから、救世軍を利用する白縫のような娼妓がどうしても出てきます。そりゃ、多数の娼妓の中にはそういうのがいるに決まってます。どんな集団にも悪人はいます。

借金踏み倒しのために、救世軍を利用した娼妓は少なくない。救世軍や救世軍を支持する人々が書いた中にも、そういう例が記録されています。

沖野岩三郎著『娼妓解放哀話』(中央公論社・昭和5年)には、伊藤富士雄から聞いた娼妓の実例が掲載されています。

そのひとつを全文転載します。タイトルは「頭がよい?」。冒頭の「此の話」というのは、この前に出ている話のことです。興味のある方は国会図書館公開のデータでお読みください。

 

 

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