松沢呉一のビバノン・ライフ

自由廃業の結果-「白縫事件」とは? 7(最終回)-(松沢呉一) -3,261文字-

白縫は一人ではなかった-「白縫事件」とは? 6」の続きです。

 

 

 

伊藤富士雄は悪い娼妓の存在に気づいていた

 

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前回見た悪どい娼妓のエピソードで、救世軍の伊藤富士雄が「そんな女を落籍した所で仕様がない」と言ったのは、道徳によるものだけではなく、彼は娼妓の現実を見ていたからだと思います。つまりは、ウソをついても借金を踏み倒すような娼妓たちを見ていました。

救世軍が彼女らを自廃させても、多くは売春生活に復帰します。その調査の数字がすぐには出て来ないので記憶で書くと、自由廃業をした娼妓の半数以上が、公娼、私娼、酌婦になります。また借金を踏み倒されるため、公娼での再稼業は敬遠されますが、気づかれなければ働くし、働けなければ私娼に行くなり、酌婦になる。そこでまた前借を得られますから。

自主的にそうしたわけではなくとも、親が戻ってきた娘を遊ばせておくはずがなく、また娘を前借を得るために利用します。

どちらであっても、救世軍がやっていたのは、新たな借金をすることができる機会を増やすことでした。

救世軍関係のものにもそれがわかる資料はありますが、はっきりとこのことを自分自身で確認して記録している人がいますので、これもそのうち取り上げます

※写真は伊藤富士雄。沖野岩三郎著『娼妓解放哀話』より

 

 

道徳で問題は解決しない

 

vivanon_sentence結局のところ、金をせびる親族がいる限り、また、女が一人で生きていくことが難しい現実がある限り、彼女らは前借のために、結局は売春生活をするしかありませんでした。そういった家族制度や社会をそのままにして、公娼制度に反対していたから、彼らは伊藤野枝、平塚らいてう、宮本百合子、与謝野晶子らに批判もされたわけです。

あるいは悪い男がついていても同じ。前回の例もその可能性がありそうです。好きな男のために、別の男に借金を払わせ、なおかつ通帳からも金を引き出し、その男と遊び暮らし、金がなくなったところで、男が私娼に連れて行って、前借をせしめる。

また、どういう事情であれ、廃業したい娼妓であれば、ウソのひとつやふたつつくのは当然です。私だって、原稿の催促に対しては、「パソコンが壊れて原稿が消えた」「風邪で熱を出した」「親族に不幸があった」「リューマチだ」くらいのウソはつきます。そんなにはつかないですけど、たまにはつきます。

そういった事例を数々見てきた伊藤富士雄としては、娼妓に入れあげている若い会社員に「そんな女を落籍した所で仕様がない」と言わないではいられなかったのかもしれません。

 

 

廃娼運動は多くの娼妓にとっては妨害者だった

 

vivanon_sentence大多数の娼妓は借金を踏み倒そうと考えず、よって救世軍の世話になることもなかったわけで、タチの悪い女たちこそが、救世軍のところに来ていた可能性が大です。

 

 

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