松沢呉一のビバノン・ライフ

ボッタクられる人はいい人-幸福のペンダントの効果-[ビバノン循環湯 129] (松沢呉一) -3,989文字-

犯罪続出のアンダーグラウンドセックス」にボッタクリの話が出てきたので、ボッタクリについての原稿を循環しておきます。これも10年以上前のもので、風俗雑誌の連載に書いたもの。図版は1980年代のエロ雑誌のものなので、時代がちょっと違います。

 

 

 

幸福のペンダントを買う人々

 

vivanon_sentenceボッタクリにやられる人は繰り返しやられる法則がある。インチキ商品に手を出す人は繰り返す法則と同じだ。押しに弱くて断れない人でもそういうことはあるだろうが、一度やられた時に何がいけなかったのを分析して、次に生かすことができない人たちがいるのだ。

極身近にそういう人物がいることがわかった。バカと言えばバカなのだが、極端にいい人で、幸せな人間なのかもしれないと思う。

エロ雑誌の編集者であるM君は、自分のやっている雑誌に出ている「幸福のペンダント」の広告を見て、「こういうのって誰が買うんだろう」と言い出した。

そのページを見ると、昔ながらの広告が見開きで出ている。

「だって、どう見たってインチキじゃないですか」とM君。

「あっ、そうなんだ、危うくオレは申し込むところだった」と私。

「そんなバカなヤツいませんよ」

いつもこういうページは読まないが、じっくり読むと、たしかに「誰が」と思わないではいられない。

「どう見たってインチキな広告を出している雑誌をやっているおまえもどうかと思うがな」

「僕が出しているんじゃなくて、広告部がとってくるからしょうがないですよ。そりゃできることなら、インチキなペンダントとか包茎手術以外の広告を僕だって載せたいですよ。トヨタとかサントリーとかコカコーラとかカップヌードルとか。松沢さん、とってきてくださいよ」

「そんなすごい能力があるんだったらオレだって苦労はせん。その広告をもって大手の雑誌に売り込んでマージンを稼ぐよ。それか、広告とバーターで連載をゲットするよ。君とのつきあいもそこまでだな」

「冷たいですね」

「君も幸福のペンダントを買うと、広告がとれるかも」

 

出来高払いの広告

 

vivanon_sentenceM君はよく知らなかったのだが、その場にいた同じ出版社のF君によると、あの手の広告は出来高払いで広告料が決定するシステムなんだそうだ。問い合わせ一本当たりいくらとか、売上げの何パーセントとか。最近はこの方法が浸透していて、ほとんど広告収入が入らないこともあるのだという。

同じ出版社でも、編集者は広告のことまでは知らなかったりするもので、私も今の今まで知らなかった。

インターネットのアクセス数で広告料が決定するんだったら、出版社なり代理店がURLを管理することで数字を調べることが容易だが、スポンサー側が用意している私書箱宛の郵便ではチェックしようがない。

「読者を騙すような商品を出している会社が正直に申告するか?」

「だから、広告がいくらでも入るような雑誌だったら、そんな方法はとらないでしょ」

F君もどういう方法で数字を確認するのかまでは知らなかったのだが、問い合わせのハガキをいったん代理店に送ってもらい、その数で広告料を決定するという方法もあるよう。

「でも、こうやって会社が成立して、毎号広告を出しているんだから、案外申し込む人はいるのかもよ」と私。

「そうですかね」とM君。

「というかさ、これを買って本当に幸福になるヤツもいるんだよ、きっと。幸福なんてなんの基準もないんだから、思ったもん勝ちだろ」

「そんなヤツいますか?」

「エロ本のこういう広告を見て現に申し込むのがいるんだから、そういうヤツは、商品が届いてもずっと信じられるだろ。どんなインチキ宗教だって信じるのはいるし、功徳があったと信じられるのはいるんだからさ。スピリチュアル関係の産業はそれで成立している」

「幸せですよね」

「だから、幸福のペンダントだって言ってるだろ」

 

 

インチキ裏ビデオのチラシに騙されるエロ本編集者

 

vivanon_sentenceこんな話をしていたところ、M君はF君にこう突っ込まれていた。

「おまえだって、裏ビデオのチラシを見て、騙されたことがあったじゃないか」

福のペンダントははっきりと騙されたという瞬間が来ない分、まだましな買い物とも言える。今日はダメでも明日がある。今年はダメでも来年がある。来年がダメでも死ぬまでには幸福になれるかもしれない。

「夢は裏切らない 君がそこにいる限り、夢は消えない」

青春ソングの歌詞のような話である。その意味では幸福のペンダントの効果は永遠。

しかし、裏ビデオを頼んで、モザイクで消してあるビデオが届いた場合、それを確認した瞬間に騙されたことが決定する。

ナンボでも丸出しの写真や、生の裸を見られるエロ雑誌の編集をやりながら、裏ビデオのチラシで騙されたヤツが、幸福のペンダントを買うヤツをバカにはできないと思う。

「そんなことありましたっけ?」

M君は本当に思い出せない様子である。これはM君の特徴だ。自分にとってイヤなことはきれいに忘れる。心理学のサンプルになりそうなくらい本当にきれいに忘れて、「オレは幸せ」「世の中はいい人ばかり」という思いを抱き続けているヤツなのだ。

 

手コキ代金七万円

 

vivanon_sentence「だいたいおまえは、ボッタクリもよくやられているじゃないか」とM君はF君にさらに突っ込まれて、思い切り憤慨している。

「やられてませんよ」

「何年か前に七万円をボッタクられたって言っていたじゃないか」

「ああ、新橋で、そんなことがありました」

 

 

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