松沢呉一のビバノン・ライフ

風俗嬢やキャバ嬢に貸した金は返って来るのか-[ビバノン循環湯 127] (松沢呉一) -7,413文字-

※この原稿は十年以上前に、風俗雑誌の連載に出したものです。この中に出てくる人物に再録の許可をとるとともに、その後どうなったかを聞いたら、予想しなかった結末が待っていました。追記参照のこと。

 

700万円を持ち逃げした男

 

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ネットの掲示板を見ていたら、こんな話が出ていた(どこの掲示板かわからなくなったので確認ができず、以下は私のいい加減な記憶によるものである)。

10年以上前、大学生だった私は風俗嬢と同棲していた。彼女とは結婚を約束していて、将来のために彼女は私の口座に毎月60万ほどの金を入れていた。しかし、私は大学を卒業するとともに同棲していたアパートを黙って引き上げ、700万ほどの金を持ち逃げした。以来このことがずっと気になっている。返却すべきかと思うが、連絡先はわからず、たぶんもう結婚しているだろうから、連絡するのは迷惑かもしれない。これは結婚詐欺になるのだろうか。

 

結婚詐欺なのか単なる窃盗なのかわからないが、なんにしたって返済すべきであろう。

本人としては「懺悔」と書いていて、今は後悔しているようなんだが、どうも怪しい。10数年経っているんじゃ、当時の店から彼女を捜し出すのはたしかに難しいが、もっと早ければ履歴書が店に保管されていた可能性が大で、店の人が連絡先を覚えていたり、辞めて以降も連絡をとりあっている可能性だってあった。ずっと後悔していたんだったら、どうしてもっと早く連絡をとろうとしなかったのか。

また、結婚を約束していたんだったら、彼女の本名を知っていて当然。正確な番地までわからないとしても、実家がどこだったか、だいたいは聞いていただろうから、捜す気になれば今からだって捜せないはずがない。

たしかに風俗嬢であった過去を隠して結婚しているのであれば、夫にバレるのはまずいが、男に裏切られたショックで二度と男を信じるまいと誓い、今もどこかのソープで働いているかもしれない。迷惑かどうかは捜してから考えればよく、捜してもいないうちから「結婚しているから迷惑だ」と決めつけるのは捜さない口実としか思えない。この男の存在が迷惑だとしても、700万もの金が返ってくるのは嬉しいかもしれず、家族にバレないように返済することはいくらでもできるだろうに。

なにしろネットの掲示板だから、この話自体、どこまで信じていいのかかわらず、高い確率でウソ話だろうと思うが、本当だとしても、「後悔している」などという言葉はウソ臭さに満ち満ちていて、同じような機会があったら、この男はまた金もってトンズラしそうだ。

だってさ、結婚を約束していたというのに、彼女にはおそらく自分の実家も教えてなかったわけで、最初から計画的だったんじゃなかろうか。発作的に思いついたのだとしたって、たった一日ですべてを済ませたはずもなく、少なくとも数日間は彼女を目の前にしつつ、着々と計画を進めたに違いなく、相当の悪人である。

こんな男に金を預けた女もバカって話だが、バカにつけこむのだから、さらにいっそう悪質だ。なんぼ後悔を口にしようとも、私は決してこの人に金を預けたり、貸したりするような真似はしない。

この掲示板でも「返済すべき」との書き込みがなされていたが、この男、決して返済する努力などしないだろう。一生後悔しているふりだけして生きていくつもりだ。ウソ話だと思うのだけれど。

 

私の場合

 

vivanon_sentence前に詳しく書いたことがあるが、私は風俗嬢に金を貸して踏み倒されていて、その女がどこかの掲示板で「後悔している」なんて書いていたら、ぶっ殺してやる。というほど怒ってはいない。10万円だっだし、そのネタで原稿を書いたし。

しかし、このせいで家賃の支払いが遅れてしまって、当時は腹が立った。金自体痛手だったが、裏切られたことがさらにショックだった。それまで仲良くしていたのに、「こいつとは縁を切ってもいい」と彼女は判断したのだ。ま、授業料ってことで。

風俗ゼミナール お客様編 (文庫ぎんが堂)愛だの結婚だのをほのめかせば、おバカな風俗嬢から金借りて踏み倒すこともできようが、それ以上に、風俗嬢がおバカな客から金借りて踏み倒すのは容易である。

客としては、惚れた者の弱みがあって断りにくい。カッコもつけたい。そこそこ人気のある風俗嬢がちゃんと働けば、3日もあれば10万くらい稼げるわけで、返済も容易だろうと思ってしまう。

私の場合は一週間後だか二週間後だったかに返済するという話だった。私から金を借りなければならないくらいに苦しくて、あっちゃこっちゃに金を借りていたと思われるんだが、彼女の場合はなかなかうまい作り話をしていて(作り話じゃなかったかもしれないけれど)、あっさり私は騙された。

その上、10万円という設定が憎い。60分コース2万円を5回分。そのくらいならこいつは出せるし、踏み倒したところで首吊ったりはしないだろうと計算したに違いない。

※この一文を出したのは「風俗ゼミナール」という連載。このシリーズは他のものと合わせてシリーズ5冊まで単行本になった。単行本未収録原稿が多数あって、これはその1本。昨年そのうちの2冊が文庫化され、売れたらオリジナル文庫として未収のものもまとめたかったのだが、そんなに売れず。こういう話がいっぱい詰まっているので、文庫をお買い求めください。

 

キャバ嬢に貸した20万円は返ってくるのか?

 

vivanon_sentenceギャンブル関係に詳しい編集者兼ライターの奈良崎コロスケは、キャバクラ嬢に20万円貸したことがある。

彼が立川のキャバクラに行った時のこと。フリーでついてくれたのがかわいいコ。ところが、どういうわけか、彼女は身の上話を始めて、急ぎで金が必要だと言う。今どき珍しい苦労人で、家族に仕送りをしながら学校に通っているのだが、このところ出費が多く、家賃も滞納しているという。

彼はすっかり同情して、デートをしてくれたら、金を貸してもいいと提案。いい人か悪い人かどっちかわからん。

翌日、店が休みだというので会うことになり、20万円を貸してから飲みに行き、その日のうちにホテルへ行った。そりゃ、彼女としては断れまい。いい人か悪い人か、やっぱりどっちかわからん。

この話はそれから間もない時期に聞いて、彼は「この金は返ってくるものか、あるいは返って来ないと諦めた方がいいのか」と私に聞いた。私は7割くらいの確率で返ってこないと見た。なにしろ私はよーく知っている風俗嬢に裏切られている。初対面の彼が裏切られないのでは世界のバランスがおかしくなる。

このギャンブルはリスクが高すぎだ。

 

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