見世物奇談・保奈美の初恋 第五幕-[ビバノン循環湯 134] (松沢呉一) -3,401文字-
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第五幕
孫悟空は小屋に入るところを子どもたち見られないように、皆より早くホテルを出て小屋に来るようにしていた。
舞台が始まってしまうと食事をすることもできないため、コンビニで買ってきた弁当を早めに食べていたら、やがて月花がやってきた。
「孫ちゃん、入口に保奈美ちゃんがもう並んでいるよ。あの子、ホントにバーゴンが大好きなんだね。家に一人にしておくわけにはいかないから、親がここまで一緒に連れて来るんだと思うけど、親の出店にいるより、友だちと遊ぶより、バーゴンに会う方が好きなんだよ」
「そうなんでしょうね」
「ちょっと覗いてみなよ」
「いや、ダメですって。彼女の大好きなバーゴンはステージの上にしか存在しないんだから、僕の姿が見られたらまずいじゃないですか。あの子の夢を作るのも僕の仕事だけど、あの子の夢を守るのも僕の仕事なんですから」
佐々木孫悟空は思わず口から出た言葉で、自分がやっている仕事の意味を噛み締めた。
※写真は孫悟空と関係がないミャンマーの虫料理。日本のミャンマー料理店でも食べられる店がある。酒のつまみであり、これなら食虫大学で食べたセミチリソースやトノサマバッタの素揚げの方がうまい。なお、今年の夏はセミが大量に捕れて、味もよかったと孫悟空は言っていた。
前日と同様、銀子は来場している客たちに呼びかけた。
「この中でバーゴンにエサをあげたい子はいるかな」
また保奈美ちゃんが真っ先に手を挙げた。他の子も呼びたいところだったが、他の子たちは尻込みしている。
銀子はバーゴンを連れて保奈美ちゃんに近づいた。
保奈美ちゃんは大きな声でこう言った。
「バーゴンのエサをもってきたよ」
保奈美ちゃんは小さな手の平を広げた。死んだ金魚が握られていた。顔馴染みの金魚すくいのおじさんから、死んだ金魚をもらってきたのだ。
前日、銀子は「バーゴンは何でも食べるから、金魚すくいでとった金魚でもなんでももってきて」とステージで言っていて、保奈美ちゃんはそれを真に受けたのである。死んだ金魚でもいいとは言わなかったのだが、魚屋の魚は全部死んでいる。死んだ金魚をもってきたところで責められまい。
「おすわり」「お手」と約束の儀式をやったあと、彼女はエサを差し出した。孫悟空は体温で生温くなった死んだ金魚を手の平から直接食べた。誰もが本当にバーゴンは金魚が好物であることを疑わなかった。孫悟空も今までずいぶん金魚は食べてきたが、どの金魚よりもおいしいと思った。
それを見た保奈美ちゃんは満足気に微笑みながら孫悟空の頭を撫でた。
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