松沢呉一のビバノン・ライフ

見世物奇談・保奈美の初恋 第一幕-[ビバノン循環湯 130] (松沢呉一) -4,222文字-

先日、虫食い芸人の佐々木孫悟空に会ったら、こんなことを言います。

「前に松沢さんが書いた見世物の話をまた読みたい。あれを読んで僕は泣きそうになりましたよ」

その原稿「保奈美の初恋」は佐々木孫悟空を主役に据えたものであり、私の筆力ではなくて、もともと泣ける内容なのです。孫悟空はもちろん、座長の月花さんやスタッフに話を聞いて書いていて、見世物小屋の裏側を描いたものとしても貴重かと思います。

「保奈美の初恋」は2010年にメルマガで配信したもので、チェックしてもらうために孫悟空にも原稿を送っていて、読み直したければ、その時に送ったものを好きなだけ読み返せばいいだけです。

「僕は漢字が読めないので、意味がわからないところがいっぱいあったんですよ。全部ひらがなで置き直したものを送ってもらえないですか」

孫悟空は漢字が読めないのです。難しい漢字が読めないのではなく、漢字が読めない。

三歳の時に親の仕事で海外に出て、その地には日本人学校がなかったため、地元の子どもたちの通う小学校、中学校を出ており、スペイン語は得意なのですが、日本語の読み書きはまるでダメなのです。というウソを信じてしまうくらい、彼は漢字が読めず、書けず(実際は千葉育ち)

面倒ですけど、ひらがな化する作業をするついでに、また、今年も博多・放生会大祭が始まることを祝して、「保奈美の初恋」を公開しておきます。

なお、使用した写真は、佐々木孫悟空を含め、すべて放生会とは関係のないところで撮ったものです。

 

 

第一幕

 

vivanon_sentence山車や踊りの隊列が練り歩くわけではないため、全国的な知名度は落ちるが、「放生会(ほうじょうや)」は「博多どんたく」「山笠祭り」と並ぶ博多三大祭りのひとつだ。

どんたく・山笠・放生会放生会では、広大な筥崎宮の境内に七百軒もの出店が出る。この出店こそが放生会の魅力であり、博多っ子は出店で新生姜や博多ちゃんぽん(ビードロ)を買い、風鈴とはまた違うガラスの柔らかな音色で秋の到来を実感する。

今年も九月十二日から十八日まで行われ、三十万人の客を集めて賑わった。

放生会では例年、見世物小屋やお化け屋敷も出て、これを楽しみにしている人たちも多い。そんな見世物好きな人たちの間では、今年の出し物が話題を集めた。

 

 

vivanon_sentence見世物に限らず、祭りの興行は、ホールで行われるコンサートや芝居に近い業態と言える。それぞれの地域で祭りを仕切る団体があって、これを「地方(じかた)」と呼ぶ。コンサートで言えばイベンターだ。そこに出し物を演じる一座が呼ばれる。こちらを「興行」と呼ぶ。興行と言うと、主催する地方をイメージしやすいため、ここでは「一座」と呼んでおく。

このような一座は、サーカスも、お化け屋敷も、見世物も、同じ仮設興行組合に属する。この組合に入っていないと、地方は招聘してくれず、祭りで見られる仮設小屋の一座はすべてこの組合員なのである。

場所の確保、小屋の設営、もぎり、金の管理は地方の仕事だ。一座はそこに呼ばれて客を楽しませるのが仕事。イベンターとミュージシャンの関係と同じだが、原則として仮設興行においては、決まった金額で呼ばれるのでなく、諸経費を引いた残りの利益を一座に配分するので、売り上げが多ければ多いほど、一座にバックされる金も多くなる。

しかし、台風でも来て祭りに人が集まらなければ収入はゼロだ。一座もまた客を増やす努力をせざるを得ず、入口で客を呼び込むのも一座の仕事である。

この仮設興行組合に属する見世物の一座は、現在三団体あるが、そのうちのひとつは活動を停止しているので、実質はふたつのみ。大寅(おおとら)と入方(いりかた)だ()。

大寅は代々引き継がれている一座で、入方は大寅で修行した人物が独立した一座。このふたつが調整しあって、祭りの興行を引き受けている。

現在、演者たちの多くは見世物専門の芸人ではない。それぞれ別の場で芸を披露したり、演技をしたりしつつ、祭りとなると見世物の芸人として呼ばれる。人によってはプロダクションに所属し、人によってはフリー。

放生会は入方の担当であり、長年博多の人たちを楽しませてきたのだが、この一座の中に新規参入したグループがある。あくまで入方の中のユニットであって、とくに名前はないのだが、ここでは月花組としておく。

注:その後、入方も消滅。この事情はよくわからんところがあるので割愛。

写真は新宿花園神社の見世物小屋。

 

 

vivanon_sentence月花組は入方傘下で本年スタートしたばかり。よって放生会は初。

ステージでの進行は銀子姐さんこと月花、マジックはマカダミアことミラ狂美、逆さ吊りはアゲ子こと浅葱アゲハ、食虫はバーゴンこと佐々木孫悟空、そして、見世物の看板である蛇娘は小雪太夫。この5人が演者である。

このうち、小雪太夫だけは入方一座で以前から蛇娘を演じている芸人。入方専属ではなく、プロダクションに所属しており、他分野では別の名前で活動をしているのだが、蛇芸は見世物でしか演じない主義だ。蛇芸人は見世物にはなくてはならない存在であり、他の出演者が誰であろうとも、入方では彼女をメンバーに組み込む。

あとのメンバーは月花が新宿ロフトプラスワンで続けてきたイベント「毒蟲」の仲間たちだ。緊縛、身体改造、サスペンションなどの領域ではお馴染みの顔ぶれ。これ以外に毒蟲グループから呼び込み他のスタッフが二名加わり、口上担当の入方座長のもとに集まって今回の一座が組まれた。

それぞれ自分の得意分野を活かしつつ、ロフトプラスワンのような場所に集まる人々とは違う客を意識した演目を組んでいるのだが、実のところ、見世物は緊縛やサスペンションを見せるショーとそう大きく変わらない。

それらのショーはそこで繰り広げられる行為を理解し、自分の性癖と合致する人たちが中心に集まる。いわば内部の視線で鑑賞する。見世物ではそれを遠巻きにして、日常とは違う世界をこわごわと垣間みる。外部の視線だ。両者の意識は天と地ほど違うのだが、見せるものは限りなく近い。

ただ、その意識の違いを理解しておく必要があって、見せるだけで共感する「毒蟲」の客と違い、見世物では、なぜそこにその人たちが出てきて奇妙な姿を見せ、理解できない行為をするのかの説明が必要であり、それこそが見世物小屋という演出装置なのである。

 

 

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