松沢呉一のビバノン・ライフ

フェミニズムと産児制限運動—共感できるフェミニスト・共感できないフェミニスト 4-(松沢呉一) -2,947文字-

フェミニストに異議を唱えるフェミニストたち—共感できるフェミニスト・共感できないフェミニスト 3」の続きです。

 

 

 

フェミニズムと表現獲得の歴史

 

vivanon_sentence日本の表現規制派のフェミニストたちを見ていると、「フェミニストはポルノに反対する人たち」と誤解してしまい、「なぜ欧米のフェミニストたちはそうも表現規制に反対するのか」と疑問を抱くかもしれません。歴史を知れば納得できるはずです。

ナディーン・ストロッセン著『ポルノグラフィ防衛論』ではこう説明がなされています。

 

 

女性の権利という観点からみれば、言論の自由は、昔も今も変わらず、常に女性蔑視の差別や暴力に対抗する最強の武器であり、また、女性の権利や利益を抑圧するために利用され続けてきたのが検閲なのである。女性の自由は、性的意味合いを持つ表現の自由と切っても切り離すことができない。なぜなら、昔から女性の性は束縛され続け、女性には性行為や出産に関する選択の自由が与えられていなかったのである。そのため、今世紀【訳注:本書は一九九五年に初版出版】、最初のフェミニズム運動が起きたとき、マーガレット・サンガー、メアリー・ウェア・デネットやその他の産児制限を推奨した先駆者たちは、産児制限に関する情報を流布したとして訴えられた(有罪の判決を受け、罰金刑や禁固刑を受けたものもある)。注目に値すべきことは、産児制限に関する情報がわいせつ法に違反していると判断されたことだ。このような法律は女性の平等権を推進するものではなく、むしろ蝕む結果となっている。

 

 

マーガレット・サンガーを筆頭に、20世紀のフェミニズムは産児制限運動から始まったと言ってもいいでしょう。国によっていろいろですが、米国のフェミニストたちは、逮捕、投獄に脅えながら表現を獲得すべく闘うしかなかったのです。サンガーも逮捕されています。

表現こそが自分らの武器であることを理解し、駆使してきた歴史を踏まえれば、表現を規制することには慎重にならざるを得ないのは当然かと思います。

※図版はマーガレット・サンガーが創刊した雜誌「Birth Control Review」1919年7月号。さすがにこの現物は持っておらず、英語版ウィキペディアから拾いました。

 

 

批判はする、しかし法規制には反対

 

vivanon_sentence前回出した反マック・ドウォーキン主義の女たちの中には、ポルノを否定する人たちも当然含まれているだろうと思います。「批判はする。しかし、法で規制することには反対する」というスタンス。

マーガレット・サンガー―嵐を駆けぬけた女性私がヘイトスピーチに対抗しながらも、「法規制には慎重、刑事罰つきヘイトスピーチ規制法には反対」という姿勢だったのと同じ。むしろ、法規制を避けるためにこそ、「自分らで潰す」という考えです。

誤解している人がいるかもしれませんが(私自身が誤解してました)、澁谷知美が会田誠の展覧会に対して抗議した姿勢もこれと同じです。「抗議はする。しかし、法で規制するのは反対」。会田誠の評価については合意できないですけど、この姿勢は正しい。

公権力に頼ると、必ず公権力の意思がそこに入ってくる。あるいは社会の意思がそこに入ってくることを彼女、そして彼女たちは理解しています。

そのことを踏まえればそう簡単に法規制には踏み込めないはずなのです。

※サンガーが書いたものは読んでますけど、人となりや生き様については知らんので、なんか読んでみるかな。

 

 

はみ出した女たちは存在が猥褻

 

vivanon_sentenceポルノグラフィ防衛論』は、米国で販売に対する嫌がらせや著者に対する殺害予告もなされていています。書店に対する妨害は、「セクハラ」を名目にしたものだったりします。「そんなもんを誰もが入る書店に置くのは不快だ」「そんな本のポップを出すのは不快だ」と。「セクハラ」の解釈拡大がもたらしたのは「はしたない女」の表現を潰すことでした。

女がボルノを擁護することは今なお猥褻な行為なのです。もちろん、女が自分の意思でポルノに出たり、制作に関わったり、ボルノを鑑賞したりすることも猥褻です。

 

 

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