松沢呉一のビバノン・ライフ

世界に広がる赤い傘—共感できるフェミニスト・共感できないフェミニスト 13-(松沢呉一) -3,004文字-

産む産まないは女が決める—共感できるフェミニスト・共感できないフェミニスト 12」の続きです。

 

 

 

再び日本のフェミニズムは戦前へ

 

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自己決定権」という言葉は最近のものだとは言え、この考えはずっと婦人運動の中に流れていたものであることはここまで読んできた方はすでにおわかりでしょう。

そのことがこの国の婦人運動史では見えにくい。個人の決定を無視し、潰してきた歴史が長いためです。ここに足場を置いていると、海外のフェミニズムが何を求め続けてきたのかも見えてこない。

前回書いたように、私はウーマンリブの中で自己決定権を学び、売防法の差別性を教えられ、新吉原女子保健組合のことを知ります(リブ系の雑誌「女・エロス」に出ていたのだと思います)。

それらに忠実だったがために、やがて売春肯定に至るわけですが、ウーマンリブが退潮してからは、結局、フェミニズムは以前と同じ制度内改革に戻ってしまい、家父長制道徳を信奉する性的保守の溜まり場と化してしまいます。

おかしいなあ、なんでこうなるかな。

※以下に出てくるCOYOTE LAのマーク

 

 

海外には共感できるフェミニストがいっぱい

 

vivanon_sentenceしかし、ふと気づけば、私と似たような考え方をする人たちが海外には多数いて、だいたい女たちであり、しばしばフェミニストと自称しています。

たとえば現在もセックスワークの非犯罪化を求めて積極的な活動をしている英国のECP(English Collective of Prostitutes)は1975年に設立された団体であり、WCP(World Collective of Prostitutes)として各国と連携した活動をしています。英国には他にも団体がありますが、おそらくここが一番古い。代表は女性、メンバーも多くは女性のようです。

最近あまり名前を聞かなくなったように思いますが、1990年代、セックスワークの権利主張をする団体としてよく知られていたのは米国のCOYOTEです。ここは1973年設立。創設者はフェミニストです。現在はCOYOTE LAのみ存続しているようです。

サイトを見てもそこまではわからなかったのですが、ウーマンリブは世界的ムーブメントでしたから、こういった団体が1970年代に出てきたのは、ウーマンリブと関わりがあるのだろうと想像しています。

日本では10年ほどで衰退しましたが、海外ではウーマンリブの動きがそのまま継続したり、その影響下にある人たちが今もセックスワーカーの権利を求めて活動しているのでしょう。私と一緒。

※2013年、買春処罰法に対してスウェーデン大使館に抗議するECP。前にも説明してますが、赤い傘はセックスワーカーの権利を求める運動のシンボルです。日本で赤い傘を掲げているのはSWASHです。写真はFeminists for Sexworkersより。©English Collective of Prostitutes

 

 

広がるネットワーク

 

vivanon_sentenceCOYOTEやECPに続いて活動を開始したのがオランダのThe Red Threadです。

1985年に元セックスワーカーによって設立されており、ここもCOYOTEと並んで以前は名前をよく聞きましたが、オランダはさすがに進んでいて、セックスワークが合法化されたため、セックスワーカーが既存の労働組合に参加できるようになり、活動をストップした模様。

 

 

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