松沢呉一のビバノン・ライフ

言葉から見える道徳—「体を売る」「女を売る」の違和感 3-(松沢呉一) -3,121文字-

フェミニストたちはミソジニー表現だと指摘—「体を売る」「女を買う」の違和感 2」 の続きです。

 

 

 

女が使用する「男を買う」「女を買う」

 

vivanon_sentence数は少ないですが、女でも「男を買う」という表現をする人はいます。私は何度か聞いています。

たとえば「この間、タイで男の子を買ったよ」といったような表現。バリやタイに買春旅行に行っている女子たちがいるんですよ。

タイで女の子を買ったことがあるよ」と言っていた知人のレズビアンもいます。ホテルの部屋まで連れてきたけど、何もしなかったって話だったかな。忘れました。

あえて男っぽい表現を使うということもありましょうが、この背後にはおそらく経済格差があるのだと思います。それらの国ではガイドもやらせ、メシも作らせ、セックスの相手もさせられる。ちょっとした金を出せば、一時間単位ではなく、一日単位で使える。

全人生、全人格を買っているわけではないにしても、ただセックスをするだけではない錯覚を得られます。

今現在、男でも「女を買う」と表現する人たちは、「ヘルスに行った」「ソープランドに行った」ことを意味するのではなく、東南アジアで買春したことを意味することがおそらく多く、力関係を背景にした場合に使用しやすい用語なのだと思います。

「FEMINISTS FOR SEX WORKERS」のサイトには、セックスワークについての報告書、論文が多数リストアップされています。上の図版は、ICRSE(The International Committee on the Rights of Sex Workers in Europe)により、2005年にブリュッセルで行われた国際会議「Sex Workers’ Rights」の報告書表紙。充実した内容です。こういうもんをどんどん翻訳して出版したい。と思って『セックス・フォー・セール』や『ポルノグラフィ防衛論』を出したのですが、2冊で力尽きました。売れないっす。「セックスワーカーの権利」「ポルノ表現の権利」なんてことを真剣に考える人たちはそうはいないのです。

 

 

ポルノ表現としての「女の売買」

 

vivanon_sentenceこれとは別に、いわば「ポルノ表現」としての売り買いというものもあります。かなり特殊な例ですが、SMのパーティで、M女を競りにかけ、「この女を買う人はいないか」とやるわけです。「奴隷売買」です。

内実はプレイ料金の競りでしかないのですが、ファンタジーですから、これは勝手にやればいいとして、このポルノ的ファンタジーを歴史に見せかけたのが『親なるもの 断崖』だったと言っていいでしょう。ファンタジーと事実を混同させてはいけない。

これに近いものとして、女子自ら「体を売る」という表現をするのがいます。「ウリをする」「風俗嬢になる」という行為は時にある種の自傷行為としてなされることがあります。親に反抗することができず、その反抗としての表れとして、親が望まないことをあえてする。リストカットや拒食をする代わりに売春をする。もしくは、リストカットや拒食と同時に売春をする。

とくにそういうタイプが「堕ちた私」を表現するために、この言葉を好んで使うこともあって、インタビューの際にこういう言葉を使うのがいたら、本人の表現として、私はそのままにしておきます。これも本人の選択ですから、尊重します。

※図版は、2005年、ICRSE主催の国際会議の際に開かれた「Kiss My Ass! Dinner&Party」のチケット。「SexWorkersRights」報告書より

 

 

 要請を無視して「女を買う」と言い続けた松井やより

 

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おっさんたちが使い慣れたこの言葉を飲み屋の会話で使用すること、「堕ちた私」に浸る女子がそう表現することまでは注意したりはしません。まして「差別用語だ!」と糾弾するようなバカな真似もしませんけど、正確な表現が求められるシンポジウムのような場でも使う人たちがいることはすでに書いた通り

さすがにこの時は「使用しないで欲しい」とお願いしたにもかかわらず、おそらくはわざと松井やよりらは使用し続けました。「私たちは家父長制道徳を守護し続けます」と宣言したわけです。わざとではないのだとすると、心底、こういう価値観に浸ってきた人なのでしょう。

海外のフェミニストたちが言っていることと私が言っていることが重なり、男社会に住むおっさんたちのと売春否定の人たちが使う用語が重なる。

松井やよりがフェミニストと自称していたかどうか知らんですけど、「私たちは、セックスしか能のない女たちを高みから救ってあげるのです」とでも考えていた人なのだろうと思います。実体は反フェミニズムの人でしかありませんでした(反フェミニズムという判定は、フェミニストたちによるものですからね)。

 

 

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