松沢呉一のビバノン・ライフ

ガラパゴス・フェミニズムはかく完成した—エレン・ケイの思想(のある部分だけ)を再評価する 7(最終回)-(松沢呉一) -3,663文字-

神近市子は主婦のために売春者処罰を図った—エレン・ケイの思想(のある部分だけ)を再評価する 6」の続きです。 

 

 

 

道徳はなお個人の上位に

 

vivanon_sentence

神近市子自らが宣言していたように、主婦のための法律、道徳のための法律であった売防法が制定された結果、赤線従業婦組合は潰され、道徳主義者の目論み通りに、売買春はいけないものという考え方が浸透し、自分の意思で売春をする女たちの存在はなかったことにされてしまいました。

これが現在も続くムラの道徳であり、その実態は家父長制道徳です。神近市子は道徳の守護者、家父長制の用心棒であり、平塚らいてうが距離を置いていた道徳運動との合体が売防法にいたって完成したと言っていいでしょう。

これも『闇の女たち』に書いたように、当初、GHQは個人の売春については容認の方針で、勅令九号もこれをなぞります。ところが、気づけばパンパンは駆逐され、売防法によって売買春も違法にされていました。

米国には、マン法とメイ法はあったにせよ、連邦法では売春そのものは禁じられておらず。管理売春が禁じられている州は多くても、個人売春は実質容認の州も多数ありました。ヨーロッパにもそういう国が多数あったにもかかわらず、売防法推進派は、先進国ではどこも売春総体を禁じているかのような噓を垂れ流して、売買春自体を違法としました。

道徳を法律にしたわけです。ソドミー法と同じです。

※プッシー・ライオットの新譜「Straight Outta Vagina」よりPATRIARCHY IS BORINGのバナー。PATRIARCHYは家父長制。

 

 

神近市子のどこを評価できるのか理解できない

 

vivanon_sentence宗教的道徳で動いていた人たちは当然の帰結として、当初のGHQの方針通り、個人売春は容認する方法もあったはずなのに、婦人運動家や婦人議員たちにはその発想はまったくありませんでした。道徳を守護することしか考えていませんでした。だから、矯風会とも手を組めましたし、勧誘を処罰することで、制度から外れた女たちを制裁し、制度の中にいる主婦を守るのが役割なのだと本気で思っていたのです。

プロメテウス―神近市子とその周辺

これは日本全体の特性であって、その中に婦人運動があったに過ぎず、こと婦人運動だけの問題ではないのですけど、良妻賢母がこの国の婦人運動の目標であり、「産めよ殖せよ」体制に貢献し、個人主義の萌芽を潰してきた以上、「それに抵抗した」と言える面があったとしても、それ以上に「体制に迎合してきた」とした方が正しいとしか私には思えません。

市川房枝の発言を見ても、戦争に加担したことの反省はない。矯風会も形だけの反省の弁を述べてはいても、ごまかしをやって、戦争に抵抗できなかった被害者かのように振る舞いました

その上、しっかり戦前の道徳そのままに、女たちの主体的選択を潰し、婦人運動が家父長制に服従した売防法を勝利であるかのように喧伝してきたわけです。戦争が終わっても、戦中の大本営発表さながらに。

Amazonで検索したら、神近市子を肯定的に書いたらしき杉山秀子著『プロメテウス』という本が比較的最近になっても出ているので驚きました。読んでみないとわからないですけど、タイトルの「プロメテウス」って神近市子のこと? 冗談もほどほどに。

しかし、これが日本の婦人運動の主流なのだと思います。著者がフェミニストと自認しているのかどうかは問題ではなく、この社会の道徳と多くのフェミニストのそれは同じです。

個人の決定権より道徳が大事。道徳を守護する中での権利獲得が婦人運動のテーマであり、伊藤野枝は「淫乱女」として葬る。それがプロメテウスのように見える程度に、この国の女たちは自己決定を知らず、家父長制道徳にどっぷりでした。

 

 

日本の婦人運動に欠落した個人の決定権

 

vivanon_sentence私にとっては、海外でセックスワークを肯定するフェミニスト、セックスワークの非犯罪化を求めるフェミニストたちがああもいることは何も不思議なことはありません。婦人運動の初期から掲げられていた女個人の選択、女個人の自由、女個人の意思の範囲を拡大するという課題の延長上にあるものでしかありませんから。

自分の体をどう使うかは自分で決める。このことは「青鞜」における「貞操論争」で正しくとらえられています。売春はすなわち貞操の問題であり、個人の選択と、社会の規範である貞操というふたつの基準をどう見るのかの論争です。道徳論争なのです。

事を正確に把握していた点で、日本の婦人運動は戦前の方がまだマシだったとも言えます。「伊藤野枝が生きていた時代まで」と限定した方がいいかもしれないですが。

 

 

next_vivanon

(残り 1909文字/全文: 3850文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ

日本サッカーの全てがここに。【新登場】タグマ!サッカーパック